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#70. 「オムレツ」はむかし「オレムツ」だった


毎日言葉に関わっていると「コミュニケーション」という日本語をよく耳にするのだが、これをよくよく聴いてみると、「コミニュケーション」と言っている人が多いのに気づく。

元となった英単語である communication のつづりを見れば、「コミュニ」の方が正しいのだが、どうも「コミニュ」派の方が優勢であるようにすら感じる。

これと同じことは「シミュレーション」にも言える。simulation のカタカナ表記ということだから「シミュ」という方が正しいはずだが、これを「シュミレーション」とする人が多い。

これらの言い間違いはおそらく、日本語に「ミュ」という音が少ない(というか「ミュージック」、「ミュート」、「ミュシャ」のようにほとんど外来語にしか見られない)ことが原因となって起こっていると思われる。

人間、言いにくい言葉は言いやすいように(勝手に)変えてしまうものなのである。

このような、単語の中で 2 つの音の位置がスルっと変わってしまう現象のことを「音位転換」(metathesis) という。

日本語の例は、上に挙げたものの他にも、「雰囲気」の読みとしての「ふいんき」(本来は「ふんいき」) や、「舌鼓」「したづつみ」(本来は「したつづみ」) などが有名である。

なかには、音の位置が変わってしまった状態で標準化したものもあり、「新しい」の読みは「あたらしい」ではなく、かつては「あらたしい」であった。「新たな」の読みが「あらたな」なのは、このためである。

音位転換はさまざまな言語に普通に見られる現象なので、もちろん英語にも例は多くある。

たとえば、「鳥」を意味する bird はもともと brid のような発音だったが、「ふんいき」と「ふいんき」のように人々が音を言い間違えていった結果、次第に r と i の音が入れ替わっていき、いまのような形となった。

他にも:

wasp ( ← wæps )
dirt ( ← drit )
omelette ( ← alemette )

といった例もある。この音位転換が起きていなければ、「オムレツ」はいまごろ「オレムツ」だったし、「オムライス」は(きっと)「オレライス」だったかもしれない。「オレライス」って、なんですかその「俺のフレンチ」みたいな名前 ......

また、面白いことに、「もともとの形と、音位転換でできた形の両方が、それぞれ別の単語としていま共存している」という例もある。

たとえば、「〔与えられた〕課題」などを表す task と、「税金」を意味する tax は、もともと同じ単語だったのが人々の言い間違えにより分化した例である。

なお、もととなったラテン語は taxa なので、tax が本来の音を残した形で task の方が音位転換を経た形、つまり言い間違えによってできた単語だ。

最近アメリカでは、ask のことを aks という風に発音する人が(あまりいいようには受け取られないものの)出てきているようなので、いつか ask とは別の意味をもった aks というアラタしい単語が生まれる日も、もしかすると来るのかもしれない。


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