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物語詩「痛む人」

昔 人には痛みが無かった
痛みを知らない人々の中に 痛みを感じる人が生まれた
紙に切られた指先の 何とも言えない不快なうずきを どうやらみんなは知らないらしいと
ぼんやり気付いたその人が
その感覚を痛みと名付けた

得体の知れない苦しみに 名前が付いたのが嬉しくて
痛む人はみんなに話した
「僕は『痛み』を感じるんだ
みんなは感じないみたいだけれど
体を切ったりぶつけたりすると すごく嫌な感じがするんだ」
「そりゃあ どこかが切れたりしたら 誰だって嫌な感じがするさ」
痛まない人は可笑しくて笑った
「やだなって気持ちとは違うんだ
体が勝手に感じるんだよ
温かい冷たいと同じように
痛いって感じがあるんだよ」
痛まない人は首を傾げて
不思議な顔で帰っていった

痛む人の噂を聞きつけ 好奇心ある人がやってきた
「痛いのってどんな感じ?」
痛まない人が
「痛まないってどんな感じ?」
痛む人が訊き返す
「どうもこうも 普通の感じさ
みんな知ってる 当たり前
説明するのは お前だよ」
痛む人の頬がばちんと鳴って
淡く手の形に赤くなる
「叩かれるのは『痛い』んだろう?
なんで泣きそうな顔なんだ?
痛いのは泣くってことなのか?」
言葉が痛みに吹き飛ばされて 痛む人は逃げ出した

成人の儀式
痛む人は 嫌で嫌で仕方なかった
目蓋に墨を入れるだなんて 絶対痛いに決まってる
行きたくないと打ち明けると
わがまま言うなとたしなめられた
大人になれないと脅された
痛まない人は 平気な顔で おしゃべりしながら刺青を受ける
痛む人は 針の痛みに気を失った
目覚めた痛む人が耳にしたのは
心配と嘲笑と憶測と困惑と

痛む人の両親は 痛む人を医者に診せた
「これは神経の異常です
症例が非常に少ないので 治し方はわかりませんが」
うなだれる医者の侘しい白髪
「ごめんなさいね
そんな体に産んでしまって」
しおしお涙をこぼす母親
「人には言うなよ
みっともない」
不機嫌に釘を刺す父親
病気の 異常の 欠陥品の
生まれてきたことが間違いの
ただ痛みを感じるだけの人

「俺なら痛みを治せるぜ
もう何人も 痛まない人に矯正したんだ」
自信満々の痛まない人
痛む人は どうして痛むのが悪いのか どうしてもわからなかったけれど
なんだか疲れてしまったから
ほんのかすかに頷いた
痛まない人は 痛む人の腕を 正しいナイフで切り付けた
痛いやめてと泣く痛む人
「痛みなんて気のせいさ
怪我が怖くて 勘違いするんだ
慣れてしまえば 正常になる」
何本も 何本も
腕に赤い線が走って
声も涙もれ果てて
痛む人の心は切り離された
体は痛んでいたけれど
心は外から痛みを見ていた
「もう痛くなくなりました
あなたのお陰です ありがとう」
空っぽの痛む人が告げると
痛まない人は満足して去った

あるとき 国に疫病が出た
内臓にとげが生える奇病だった
痛まない人は 棘に気付かず働いて
内臓が裂けて死んでしまった
痛みにうめいてじっとしていた 痛む人だけが生き残った

今はどこを見渡しても
痛む人ばかり生きている
たまに痛まない人がいると
痛む人は無邪気に尋ねる
「痛まないってどんな感じ?」

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