アレンジの鬼才イチ子 ~SVR理論を訳す~
この記事は、先日投稿した、こちらの記事の続編です↓。
1、判定役はあらまほしきことなり
僕はスタバで旧友に会っていた。彼女は高校の同級生。先日、就活の愚痴を言い合ったときに、「SVR理論」の話となった。一言で言うと、出会いから結婚までの段階を3つに分けて、それぞれの段階で、お互いがパートナーにふさわしいのかどうか見極めるという理論である。今日の会合は、そのSVR理論をお互いがどうやって置き換えたか、それがテーマだった。
(筆者注:SVR理論の復習はこちらから↓)
「カレー・ラーメン・味噌汁。この3段階で分けてみたんだ。名付けて『カレーラーメン味噌汁理論』!」
僕はドヤ顔で言う。
「…そ、そう。私はゲキという3つの言葉で分けてみたわ。刺激・檄文・演劇。名付けて『3ゲキ理論』よ!」
彼女は反撃してきた。
それから、自分がどのようにSVR理論を置き換えてみたかを説明し合う(前回の記事参照)。しかし、どちらも良いようで、どちらもしっくりこないような感じもあり、埒が明かなかった。
「こういうときには、判定役がほしいわね…」
そう彼女が言ったとき、僕の脳裏にはある女性の顔が思い浮かんだ。彼女も同じ顔を思い浮かべたらしい。うなずく。
「そう、イチ子よ」
イチ子。彼女は僕たちの共通の友人だった。高校時代は吹奏楽部に所属しており、夏の高校野球応援に命を懸けているような人だった。その時々の流行り歌をうまくアレンジして吹奏楽の応援に取り入れ、それが他校にまで好評だったという。人呼んで「アレンジの鬼才」。僕は知らなかったが、いまは広告やマーケティングなどを学んでいるという。彼女は、イチ子とまだやり取りをしているらしい。
「イチ子に聞いてみましょう。どちらの理論の置き換えがしっくりくるか」
「…乗った。負けたほうが、ここのコーヒー代をもつということで」
2、バッサリ斬るわよ
判定はSNS上で行われた。グループを設定し、やり取りする。イチ子とやり取りをするのは、高校卒業以来だから約4年ぶりだが、彼女の口ぶり(SNS上だから書き文字だが)は少しも変わっていなかった。
「…君の説明からどうぞ。つまらない説明だったら叩っ斬るわよ(笑)」
この(笑)は、顔は笑っているけど目は笑っていないやつだな。僕はイチ子の顔を思い出して心中で懐かしくなった。イチ子はドSキャラだった。
「カレーは刺激、カレーの匂いをかげばイチコロ。でもラーメンの段階では価値感の共有が大事になる。とんこつか、味噌か、しょうゆか。でも、別に一致しなくてもいい。お互いがリスペクトできればね。最後に味噌汁。これは家庭も暗示している。役割をまっとうできるかどうか。就活で言えば『だし』が共通していて、しかも具材がお互いを補い合えれば最高」
このようにSVR理論を「カレーラーメン味噌汁理論」として説明した。イチ子は間髪入れず返答してくる。このカウンターのスピードは、『はじめの一歩』の宮田くん以上だ。
「理論名が長い」
バッサリと斬って落とされた。
次に、彼女がイチ子に、「3ゲキ理論」とやらを説明する。
「刺激はそのまま。このゲキという語で統一したかったから、価値は檄文、役割は演劇と訳したわ。刺激・檄文・演劇。つまり、刺激を受けて気になって、檄文で価値観を共有して立ち上がって、でも最終的には演劇のように、役割をお互いに担って舞台をつくりあげるの。ゲキが3つで3ゲキ理論。一撃では決まらないところも、わかりやすくていいでしょ!」
彼女のドヤった説明を、イチ子はカウンターで斬り落とした。
「わかりにくい」
…イチ子のカウンターに、僕と彼女はアイスコーヒーを飲み干した。そしてほぼ同時に返信する。
「じゃあ、イチ子ならどうアレンジするの?!」
3、僧は推す月下の門
イチ子は、アレンジの鬼才である。吹奏楽でもそうだったが、人の意見をアレンジして言い換えるのも抜群に旨かった。古文の時間に、推敲の故事成語の由来を扱った授業があった。詩人が「推」の字か「敲」の字かで迷うというエピソードである。まともに見るとバッサリ斬られるので、誰も面と向かっては見なかったが、クラスのほぼ全員がイチ子の顔を思い浮かべた。彼女はお寺の娘であった。
(筆者注:推敲の故事成語については、こちらをご参照ください↓)
イチ子は、少しずつ返信してきた。まずは、僕の理論からだ。
「カレー、ラーメン、味噌汁。このたとえ自体はいい」
「でも理論名が長すぎる。長い名前の理論は使う気をなくす」
「略せばいい。カレメンシル。でもこれじゃ枯れメンとかメンシル(服)と勘違いされるから、漢字を混ぜよう。『カレ麺汁理論』。枯れメン汁だとあらぬ方向に誤解されるけど、麺の字が混ざれば汁でもいいでしょ」
…なるほど。『カレ麺汁』なら字面も勢いがあるし、カレーとラーメン(麺)と味噌汁(汁)というのも思い出しやすい。
次に、彼女の理論についてアレンジを始める。
「ゲキで統一するという発想は良い。刺激、演劇に対して檄文はちょっとわかりにくいけど、まああんたは三国志オタクだからいいでしょ」
僕は彼女が三国志オタクとは知らなかったので、思わず彼女の顔を見た。彼女の顔は紅潮していたが、イチ子の返信は矢継ぎ早だ。僕たちはスマホの画面に目を落とす。
「だけど、3ゲキは惨劇に通じるから、ちょっと不幸の手紙みたいね…」
ここで彼女は返信、いや反論する。
「3つの段階があるということを示しているから、わかりやすいでしょ?」
対してイチ子は、宮田くんのカウンターばりの電光石火の返信。
「3はいいのよ。でも、ゲキが3つじゃ、そのまんま東だわ」
イチ子は芸能史にも通じていた。
「語感から考えましょ。サンじゃなくて、ミッツにするの。ミッツマングローブじゃないけどね。ミッツの時点…。うん、丑三つ時。『ゲキ三つ時理論』というのはどうかしら? ゲキミツドキ理論。ゲキを三つ使って、徐々に段階が進んでいく。ドキドキ感も出るしね。うまくいかなけりゃ、可愛さ余って憎さ百倍、丑の刻参りでわら人形にくぎを打たれるの、どう?」
「どう?」じゃねーよ。と僕は思ったが、圧迫まがいの面接をしてきた面接官に対し、脳内で呪いをかけていた過去を思い出してドキッとした。恋愛も結婚もこじれると相手を憎むという。『ゲキ三つ時理論』、ゲキミツドキ理論。ちょっと不穏な語感が、逆にいいかもしれない。
「以上。今回の推敲代は、スイス銀行に振り込んでおいてね」
軽くギャグを入れて、すぐ二の矢がくる。
「うそ。今度、3人でチーズフォンデュでも食べにいきましょう。あんたたちのおごりでね!」
スイスから連想したな。それきりイチ子の返信は途絶えた。彼女によると、イチ子は大学院進学を目指して、研究室に入り浸っているらしい。
「…変わってないね、イチ子」
僕は素直に彼女に感想を言う。
「…引き分けで、今日もワリカンってことでいいかな…」
そう言う彼女は、心なしかおずおずしていた。…?
「…三国志オタクって書いてたけど、あの、私はただお兄ちゃんの影響で『蒼天航路』を読破しただけだからね…」
ああ、そうか。僕は、彼女の知らない一面を知ることができて、ちょっと嬉しかった。というか、妹だったのか。
「『蒼天航路』なら、僕も全巻持っているよ」
4、イチ子の戦略
イチ子は、スマホを置くと、一つ、のびをした。
「ふふーん、あの2人、鈍感同士だけど案外お似合いじゃない。三国志ネタで盛り上がるといいわね。さーて、チーズフォンデュの美味しい店でも検索しておこうか。…って、いけない、レポート片づけてからか!」
こうして、アレンジの鬼才イチ子は、わざと共通の話題を投下することで、2人の仲も少しアレンジしたのであった。2人が「味噌汁」までたどりつくかは、今後の課題である。
5、まとめにかえて
…いかがでしたでしょうか。がんばってオチもつけてみました。
前回の「SVR理論」の記事で出した2人のその後が気になったので、もう1回出してみました。出すからには「カレーラーメン味噌汁理論」と「3ゲキ理論」をブラッシュアップしてみたいと思い、「カレ麺汁理論」と「ゲキ三つ時理論」にバージョンアップさせました。カレメンシルって、語感がクレアラシルに似てますね…(どうでもいい)。
イチ子の名前は、「アレンジの鬼才」新田一郎さんから取りました。
ちなみに、『蒼天航路』では、曹植のくだりが地味に好きです↓。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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