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満月の日の物語⑥「10月2日」後編

「満月の日の物語」は、
毎月、満月の日に投稿します。
1話読み切り、若しくは2〜3話読み切りの
満月に纏わるショートストーリーです。


満月の日の物語⑥

10月2日 [後編]





「うそ………」

死んだはずの森くんから、LINEが返ってきた。

何度も画面を閉じて開いて確認する。

やっぱり来てたのは森くんのアカウントからだった。

「……えっ…えっと………」

突然の状況にまったくついていけない。

とりあえず、何か返事しなきゃ…


"ささ"

こんばんは。
お返事ありがとう。返事が返ってくるなんて思ってなかったから、今とてもびっくりしています。
聞きたいことが沢山あるけど……
本当に森くんですか?
今どこからLINEしているの?


夢でも見ているのだろうか、と何度もほっぺをつねってみても、痛いことに変わりない。

しばらくしてまたピコン、と鳴った。


"mori"

そりゃあびっくりするよね、死んだやつから連絡がきたら(笑)
俺も気づいたらここにいて、スマホを持ってた。
森みたいな、暗くて鬱蒼としてるところ。
月本さんからLINEがくるなんて思わなかったから、すごいびっくりして、まだそっちの世界と繋がってるのかって思って、思わず返信したんだ。


"ささ"

いま、森の中にいるの?
そこからこっちへ戻ってくることはできないのかな…
私、まだまだ森くんのこと見ていたかったし、叶うことならお話してみたかった。
って、ほとんど喋ったこともない人からこんなこと言われても困るよね…ごめんね


"mori"

月本さんがそんな風に俺のこと思ってくれてたなんて全然わからなかったけど、最初にくれたLINEを読んで、嬉しいなぁって素直に思ったよ。
話したことはなかったけど、いつも一人で静かに本を読んでいる姿をたまに見てた。
大人しそうだなって思ってたけど、別のクラスの友だちが来ると、表情がぱっと明るくなって、にこにこしながら喋ってて、きっとそういう所が月本さんの素なんだろうなって勝手に思ったりしてた。
実際に会話できてたら、何か変わっていたのかな…

俺も帰れるものなら帰りたいけど、きっとここまで来てしまったらもう無理なんだと思う。



森くんが私のことを見ていた時があったなんて。
別に好きと言われたわけでもないのに、嬉しくて嬉しくて、同時に悲しさが溢れて、また泣きそうになる。


"ささ"

ありがとう。
森くんの視界に私が入ってたことなんて一度もないと思ってたから、すごく嬉しいです…
帰りたい、ってことは、森くんは自分から…その、やっぱり誰かに……?


"mori"

いや、自分から、川に身を投げたんだ。
だけど、
本当のことを言うと、落ちる瞬間に、
やっぱり生きたいって思ってしまった。
皮肉なもんだよね。ずっと死にたいって思ってたのに、あの瞬間思ったことは、まだ生きてたかったって。


"ささ"

ごめんね、すごい今ちょっと混乱してて、何て言ったらいいかわからないんだけど…
私は、森くんがいつも楽しそうに学校生活を送っているって思ってた…
まさか、森くんが死にたいって思ってるなんて、全然わからなかった……
こんなこと今更遅いのかもしれないけど、私に何かできていればって、思わずにはいられないよ…
ずっと森くんのこと見てたのに、何も知らなくて本当にごめんなさい…


"mori"

月本さんが謝ることじゃないよ。
学校の中では、そんなそぶり見せてなかったから。
死にたいって言うより、どこか違う所へ行きたいって気持ちがだんだん強くなっていった。

俺さ、中学の頃すごい太ってて、今とは別人みたいで、いじめられてたんだよね。ずっと。
必ずお風呂に入ってから学校に行ってたのに、毎日臭いって言われて、ただ教室にいて本を読んでるだけなのに、死ねって言われて、森って名前のせいで、森へ帰れって言われて、ここはお前の住む所じゃないって。
俺は一体何なんだろうって毎日思ってた。
人間のはずだけど、もしかしたら違う何か別の生き物なのかとも思えてきて。
それでも、うち母さんしかいないからさ、母さんだけには心配かけないようにしようって思って必死に耐えてたんだけど、リーダー格の男子たちから髪に火をつけられた時、何かがぷつんと切れてしまって、そこからはもう学校に行けなくなった。

学校から連絡があって、俺がいつもどんなことにあってたかも全部母さんにばれちゃって、それから今の街へ引っ越したんだ。
最初は学校を休むなんて頭になかったんだけど、母さんから少しやすみなさいって言われて、ほっとした自分がいた。

休んでる間、家で本をたくさん読んだ。
もともと読書が好きで、小さい頃から外で運動するより、中で本ばかり読んでた。
だから普通に運動してる人より何故か太ってきてしまっていて…
だけど、いじめられる原因が自分の体型だとしたら、このままじゃいけないって、高校までには変わろうって思った。
それから、普通以上に運動するようになったら、自然と今の体型になった。
髪型にも気を遣って、流行りの清潔感ある髪型にしてもらって、ちょっといい匂いのするやつをいつもかけて、そうやって少しずつ、見た目も気持ちも変わっていけたタイミングで、入学式を迎えたんだ。
もう同じ過ちは繰り返さない。
ちゃんと友だちをつくって、高校生活を楽しんで、母さんを安心させたい。
それから、自然とあのグループに馴染んでた。
俺、上手くやれてるじゃんって。
でも、やっぱり、どこかで無理してたんだろうな。




森くんからの長文LINEを、一言一言しっかりと読んで、意味がわかると、その事実を直視できなくて、画面を閉じてしまいたい衝動に駆られた。
こんな想いを抱えて、ずっと明るく生活していたなんて。
森くんしかきっと知らない真実を、赤の他人の私が聞いてしまっていいんだろうか。


"ささ"

森くんは、ずっと無理してたのかな…
いつも教室で楽しそうに喋ってる姿は、偽りには見えなかったけど…
本当はずっと苦しかったのかな…


"mori"

もちろん、純粋に楽しい時もあったよ。
友だちってこんな風に話して、笑いあって、当たり前に無条件に俺のこと受け入れてくれるんだって感動した。
でも、それと同時に、今までの俺はどこに行ったんだろうって。
本が好きで、ひたすら読書に耽っている俺も俺自身で、だけど高校の友だちとつるむようになって、本を読む時間なんてほとんどなくなった。
それでも楽しいのならよかったのかもしれない。
だけど、自分の中で何かが違うような違和感がずっとなくならなかった。
今の俺は、本当の俺じゃないって。
そんなことを思いはじめたら、もうそのことが頭から離れなくなっちゃって…このままじゃやばいって思って、夏休み前に図書室に行ったんだ。
そこで、この本を見つけた。
主人公が森で死ぬっていう暗くて重たい内容だったけど、俺は、本当の自分の道を歩む物語だと思った。

このままじゃどこまで行っても自由になれない。
偽りの自分のままじゃ幸せになれない。
でも前の自分に戻ったらまたいじめられるかもしれない。
昔の俺も、今の俺も、俺自身から違うものにならなきゃもう道はないって結論に至った。
それが、俺が自分で俺を終えることだった。

今こうして文に書き出してみると、ちょっと早まったかなんて思ったりもしてる(笑)

結局、死ぬ間際に、やっぱり生きたいなんて思ってしまったくらいだけど、あの時の俺にはこうするしかないと思ってたんだ。

俺の方こそ、こんな話いきなり月本さんにしてごめんな。
なんて返したらいいかわかんないよな。
だけど、いまこの場所で、誰かと会話してるなんて夢みたいで、もっと話したくなったんだ。


"ささ"

本当のこと、私に話してくれてありがとう…
きっと話すの辛かったことも沢山あったよね。
全部、しっかりと読んで、森くんのこと、前より少しわかることができたと思う。
だけど、やっぱり、その選択は正しくなかったよ。
森くん、早まったよ。
本当にお母さんのこと想ってたら、お母さんが一番悲しくなるようなことできないよ…
今日、お母さん学校に来たよ。
誰かが森くんをいじめてたんじゃないかって、すごく泣いて訴えてた…
森くんが亡くなったって、先生が泣きながら話して、クラスのみんな、森くんを想って泣いてたよ…
たとえ、このクラスにいた森くんが本当の森くんじゃなかったとしても、勉強に部活に一生懸命励んでた森くんは、嘘偽りじゃなかったと思う。
あの日の帰り道、颯爽と助けに走っていった森くんの姿は、私にとって本物だった……
だから、あの日に戻れるのなら、飛び降りてほしくなかったよ…
2学期も、3学期も、ずっとずっと、森くんのこと見ていたかった…


"mori"

月本さん、ありがとう。
ごめんな、そろそろ行かなきゃいけないみたいだ。
最後に、本当の最後に、この話ができてよかった。
今さ、月がめちゃめちゃ綺麗に見えるよ。


送られてきた画像は、「月の森」のカバーそのもののような写真で、鬱蒼とした森を照らしている、大きくて丸い明るい月が煌々と輝いていた。


"ささ"

綺麗な月……
今夜はここからも、大きな月が見えるよ。

真上からだいぶ下に傾いた月の写真をパシャっと撮って、私も森くんへ送った。


"mori"

同じ月、俺たち見てたんだな。
この本を手に取ってくれた人が、月本さんでよかった。
俺の話、聞いてくれて本当にありがとう。
どうかこれからも、月本さんらしく、幸せに。


"ささ"

また、どこかで会えるかな?
…いつでも、LINE待ってるね
どうか森くんも新しい場所で、
幸せになれますように…






それから森くんからのLINEはぴたりと止まって、私は泣きながら眠ってしまった。






朝起きてLINEを開くと、昨日までの森くんとのやりとりは消えていて、友だち一覧にも森くんのアカウントはなかった。


やっぱり夢だったのかな…


月はいつのまにか地平線の下に移動して、外はいつもの明るい白い光に包まれている。



「ささ〜そろそろ起きなさい〜」



階段の下からお母さんの声が聞こえてくる。

どうしようもなく、いつもの朝だ。


「はーーい」と答えて、制服に着替えると、携帯を持って1階に降りた。


「昨日の満月、中秋の名月だったんだって。
ささ、部屋から満月見えた?」


朝ごはんを出しながら、お母さんがそう言った。



「うん…そういえば…写真とったよ」








お母さんに見せようと、フォルダーを開くと
森くんからもらった満月の写真が入っていた。




fin.


最後までご覧頂きありがとうございました。
次回、10月31日の満月の夜にまた。

instagram @shirokumaza_hi




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