10億年後を心配する、最も“ぶっ飛んだ“AI論 『LIFE 3.0』
まず自分の誤算を白状しておこう。
まさか邦訳が出るとは。しかも、こんなに売れるとは。
『LIFE 3.0』紀伊国屋書店
マックス・テグマーク/著 水谷淳/翻訳
私は本書を2017年に原書で読んだ。刊行直後、駐在先のロンドンの書店で「面展開」されていて、タイトルと表紙に惹かれた「ジャケ買い」だった。ちなみに英語版単行本の表紙も、夜景とタイトルを組み合わせたもので日本語版に近い。
英語なので多少骨は折れたものの、ワクワクしながら、時にニヤニヤしながら、一気読みした。
そして「文系向け理系本」を紹介した投稿の「番外編」で本書を取り上げてこう書いた。
「これまでで最もぶっ飛んだAI本」
「大ヒット中の『ホモデウス』を遥かにしのぐトンガリ具合」
「個人的にはここ数年の理系本で最大のヒット作」
「邦訳の予定はあるのだろうか。トンデモすぎて、売れないと思うが」
予想は見事に外れた。
世間のAIへの関心の高さ、「内容が素晴らしければちゃんと売れる」という日本の読書人の層の厚さを過小評価していた。
不明を恥じるしかない。
だが、日本語版を入手して再読してみても、まだこれがヒットしているのが信じられない。
ここでタイトルの意味だけ説明しておこう。
LIFE 3.0とは、「ハードウエアとソフトウェアを自らデザインする生命」、「シンギュラリティ後のAI」のこと。シンギュラリティ(特異点)は、「人智を超えたAIが自身を改良するようになって爆発的に知能が進化する」臨界点を意味する用語だ。
LIFE 2.0は「ハードは生物的進化の制約を受け、ソフトを自らデザインできる生物」、つまり人類のような知的生命体で、LIFE 1.0はハードとソフトが生物的制約を受ける人間以外の動植物を指す。
本書ではシンギュラリティ自体は「到来する前提で備えるべきもの」と位置付けられる。
そのうえで、短期的な視点(と言っても向こう1万年単位の話なのだが)では、人間とAIがどう平和に共存するかを、大真面目に、微に入り細を穿って考察する。
この部分は、政治、経済、軍事、法律など社会全般にわたる影響を俯瞰したかっちりとした議論だ。イーロン・マスクなどから資金提供を受け、安全なAI開発のための指針を示す学会を発足させるなど、MIT教授である著者テグマークのエネルギーと真摯な姿勢には頭が下がる。
SF小説仕立ての導入部や、2章から5章までの知性や人工知能についての解説、今後起こり得るシナリオ、「安全なAI」を目指す枠組みの重要性を説く部分は、大変分かりやすく、多少の基礎知識があれば楽しめる。
だが。
やはり本書の最大の魅力は「10億年後」からその先まで見据えた、宇宙と知性の未来を語る後半にある。
ここが、最高にぶっ飛んでいるのだ。
天体や銀河系規模の巨大なAIを運用するための資源・エネルギーの確保。
超巨大AIが光速度という情報伝達スピードの制限を受け、何年かに1度、場合によっては数万年に1度しか「統合した思考」ができないという問題。
その障害を乗り越えるために分散型AIを構築した際、「意識を統合」するために末端のAIの反乱をどう防ぐのか。
こうした壮大とか遠大といった表現すら小さすぎる、「ぶっ飛んだ」としか言いようのないビジョンが次々と提示される。
この辺りはもともと数学から宇宙論にアプローチする物理学が本職だった著者の真骨頂であり、夢想的な思考実験なのに、説得力があって極めて面白い。
なお、先のnoteにも記したが、私見では著者の本音は、「宇宙は知性を極限まで進化させるために存在するのであり、人類の使命はAIにそのバトンを渡すことにある」といったところだろうと推察する。
AIと人間の共存に心を砕いているのは、シンギュラリティの手前でAI開発にブレーキがかかるのを阻止する狙いではなかろうか。
いずれにせよ、再読したいと思いつつ、先延ばしにしてきた身としては有難い邦訳の登場だ。
AIに多少なりとも興味があるなら、ぜひ手に取っていただきたい。面白さは保証する。
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本稿は光文社のサイト「本がすき。」に4月に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。
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