「神がかり！」第28話

第28話「嬰美えいみと真理奈まりな」

　「十分ほどで迎えが来るんだな？」

　ここは天都原あまつはら学園、裏門の近くにある清掃道具小屋の前……

　授業中であるこの時間帯は人通りが皆無で、他からも目立ちにくい死角だ。

　波紫野はしの 嬰美えいみを無事？救出した俺達は、とりあえずこの場所に身を隠した。

　それは、俺の上着を羽織っているとは言え、全裸の美少女を連れて校舎内に入るわけにも、街中まで出るわけにも行かない事から、この場所で波紫野はしのの家の者に連絡を入れ、その迎えを待つ為だった。

　「ええ、東外とが経由で波紫野はしのに連絡を入れたから……とりあえずこの件は誰も知らないわ」

　目の前で時代後れのガラケーを手に、前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの清潔で生真面目きまじめな印象を受ける少女がパタリとそれを二つ折りに閉じる。

　「……」

　その少女……毛先を軽くワンカールしている辺り、オシャレにも気を遣っている最近の女子高生という感じの少女は、俺を見て不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

　「折山おりやま 朔太郎さくたろう……なにイヤラシい目で嬰美えいみさんを見てるのよ！」
　
　彼女、東外とが 真理奈まりなの横に立った俺は、俺達二人の前で小屋に肩を預けて花壇のブロックに座る少女を眺めていたのだ。

　と、いっても、決して真理奈まりなの言うような邪よこしまな感情は一切無い。

　「……今どき、ガラケーかよ」

　「なっ！」

　俺の反撃に少女は頬を引きつらせながら俺に詰め寄った。

　「どの口が言う！この口かっ！誰のせいで私がガラケーこれを使っていると！？」

　真理奈まりなは俺のほっぺたを変形するほどつねり上げて睨む。

　――確かに、俺が真理奈まりなのスマホを強引に借りたのが原因だが……

　伸びた頬は気にせず俺は、そのまま座ったままの女に再び視線を向けた。

　「真理奈まりな、スカート貸してやれ」

　「は？」

　俺の言葉に真理奈まりなは怒りに頬を引きつらせた表情のままで"キョトン”と固まる。

　――察しが悪いな

　小屋に体重を預け、座る女の格好は……

　――全裸

　正確には俺の制服の上着を着てはいるが、もともと女子にしては身長の高い方の彼女は、そこから白い足の太もも……

　かなり際どい部分まで露出して、ちょっと目のやり場に困る状態だ。

　「……」

　俺と目の合った、俺の上着を着た女……波紫野はしの 嬰美えいみは僅かに目を逸らした。

　腰まである艶やかな長い黒髪が特徴の色白の女。

　如何いかにもな大和撫子で、少しきつめの印象を受ける美人だが……

　今は力なくグッタリとしていた。

　「スカートって何故！？」
　
　「お前は履いてるからいいだろ？」

　俺の指摘に、東外とが 真理奈まりなは”はっし”とスカートの前面を両手で押さえて後ずさりする。

　「は、履いてるって！？し、下着でしょ！？」

　「……」

　そして、その真理奈まりなだけで無く、座ったままの嬰美えいみも思わず赤くなる。

　――面倒臭いな、下着の一つや二つくらいで……

　「なら、そのカーデを……」

　「え！？」

　ならばと、東外とが 真理奈まりなが制服の上に羽織ったピンクのカーディガンを指さして俺は再度指示を出そうとするが……

　意外なほど少女は狼狽うろたえた。

　――なんだ？

　――制服の上に羽織っているんだから、脱いだってどうってこと無いだろ？

　「その……これは……だって……朔太郎あなたが……」

　"ごにょごにょ”と、なんだか解らない言葉を紡ぎながら更にジリジリと距離を取る意味不明の少女。

　「いいわ、真理奈まりな。すぐに迎えの者が着替えも持って来るのだから……」

　見かねたのだろうか、座ったままの嬰美えいみが微笑んで言った。

　「う……すみません……嬰美えいみさん」

　「……」

　なんだかよく解らない俺は、まぁ、本人が良いならそれで良いかと納得し、そして無言でその場に腰を下ろした。

　「あっ！」

　「ぁ！」

　途端に二人の女が小さい声を上げる。

　「？」

　今度は何だ？

　俺は座っただけだぞ。

　「……」

　「あの……朔太郎さくたろう……」

　何故か微妙な空気の中、波紫野はしの 嬰美えいみが隣から、彼女に似つかわしくない怖おず怖おずとした感じで俺に声を掛けて来る。

　――ああ！？そうか！

　そうだった……確か匂いが……だったな？

　俺はそこで旧校舎での一連のやり取りを思い出し、彼女達の反応の一部は納得する。

　「おお、わるいな。つい忘れてた」

　俺は直ぐに腰を上げ、人間ひと二人分程離れた距離にスライドして腰を下ろし直す。

　「その……ごめんなさい……誤解があると……その……あれだから……別に貴方のことがどうとかじゃなくて……」

　ホントに波紫野はしの 嬰美えいみに似つかわしくない態度だ。

　少なくとも俺の知る波紫野はしの 嬰美えいみはもっとハッキリと、

　”近寄らないで汚らわしい！”

　とか言いそうで、決してこのように頬を染めて視線を逸らす様な控えめな態度はとらない。

　――それだけ消耗しているって事だろうな……無理も無いか

　「あぁ、解ってるって……」

　「……」

　そんな俺達二人のやり取りを怪訝そうな瞳で見ている東外とが 真理奈まりな。

　「…………そう……ね、御端みはし 來斗らいとと変わり果てた岩家いわいえ先輩の件……話さないといけないわ……ね」

　下級生で同じ六神道ろくしんどうの一人である少女の視線に気づいたためか、嬰美えいみはなんとか言葉を繋ぐ。

　「……」

　波紫野はしの 嬰美えいみに何があったのかは解らない。

　ただ、状況からして、女である嬰美かのじょには話すのは辛いことであろう事はなんとなく推測出来る。

　「……」

　基本、部外者である俺は、黙って流れを見守っていた。

　「それは……今は休んでください。詳しい話は後日……聴取させて頂きます……その……六神道ろくしんどうとして……」

　同性である東外とが 真理奈まりなも気まずそうに、だがこの場は最低限気を遣ってそう答えていた。

　「……」

　「……」

　気を遣う者、遣われる者……

　独特の気まずい空気……

　俺は”ふぅ”と内心溜息を吐ついてから、仕方なく言葉を発することにする。

　「そういや、六神道ろくしんどうといえば……俺のバイト先にそんな二人組が来たな」

　会話の内容はどうでも良い……

　その場の空気を変えるためだ。

　――言っておくが、俺は決して二人の女を気遣ったんじゃ無い

　ただ、迎えの車とやらが到着するまでこの空気に巻き込まれる俺が耐えられなかっただけだ。

　「バイト先！？……あの”いかがわしい場所”に？」

　東外とが 真理奈まりなが渡りに船とばかりに食いついてくるが……

　ーー失礼だな、本当の事ではあるが……

　「妙にガラの悪い男と……あと連れの女だったか？」

　俺は真理奈まりなの言葉を軽く流して続ける。

　「それって、背が高くてモデル体型で美人だった？」

　「……美人……まぁ見た目はそうか……けど」

　俺は記憶を辿りながら、浮かんだ女の顔を判断してそう答える。

　「けど？」

　「変な女だった」

　俺は続いて答える。

　「凛子りんこさんだわ！」

　「凛子りんこさんね」

　途端に二人の美少女は納得顔でシンクロしていた。

　「……」

　――こいつら……意外に失礼な奴らだな

　「……ガラの悪い男の方の特徴は聞かないのか？」

　納得顔の二人に俺は更に確認するが……

　「それはいいわ、永伏ながふしさんだから」

　「永伏ながふしさんで間違い無いわね」

　ーーいや……ホント失礼だろ、こいつら！

　「で、なにかあった、されたの？」

　俺の中の少女達の再評価で微妙な顔をしていると、真理奈まりなはさらに突っ込んで聞いてきた。

　――なにか……ね

　そして俺の脳裏にはあの時の光景が浮かび……

　――土下座したな……ああ、永伏やつの靴を綺麗にしてやった確か

　「……特に無いな。蛍てるのことで何やら”一世会いっせいかい”に依頼に来たが、それ以外は別段何も無かった」

　――そう、土下座あんなののは俺にとっては日常茶飯事だ

　取り立てて変わったことじゃない。

　「そう……あの……朔太郎さくたろう……凛子りんこさんとは……あまり関わらない方が」

　「嬰美えいみさんっ！」

　六神道ろくしんどうとやらの内情に触れるのだろうか？

　波紫野はしの 嬰美えいみが俺にかけた言葉に東外とが 真理奈まりなは多少声を荒げる。

　「……そうね……真理奈まりな、余計な事だったわ」

　そして素直に頷いて口を紡ぐ大和撫子。

　「……」

　――ほんと面倒臭いな

　「まぁ、心配しなくても、あの変な女には頼まれても関わりたく無いな……入店はいるなり、"可愛い”とか、”指名に通う"とか言ったかと思うと今度は、”ヒール舐めさせよう”とか……とにかく尋常じゃ無い」

　「指名？可愛い？」

　「ヒールを舐めさせる？」

　そろそろ話題を仕舞おうと、適当に締め括ろうとした俺の言葉に、鋭い視線で反応する二人の美少女。

　――なんだ？急に怖い顔しやがって……

　「わ、私も店に行こうかしら？」

　そして真理奈まりなが目を逸らしながらそう呟いた。

　「おまえ、未成年だろ？」

　「う、うるさいわね！朔太郎あんただって同い年でしょ！」

　――まぁ、それはそうなんだが……俺に至っては今更だしなぁ

　「そんなに俺に会いたいか？」

　「ば！？バッカじゃ無いのっ！わっ私は……そう！朔太郎さくたろうを……札束の力で下僕のように扱いたいだけよっ！」

　俺の軽口に少女は瞬間湯沸かし器のように煙を出して熱くなる。

　「Barバー”SEPIAセピア”はそんな類いの店じゃ無い」

　――表向きは……な

　売り言葉に買い言葉だろうが、結構えげつない事を言う、本来は六神道かねもちのお嬢様。

　「仲が良いのね……あなたたち」

　それをあきれ顔で眺めていた嬰美えいみがポツリと呟いた。

　「そうか？全然だぞ」

　「……そうなの？」

　俺の当然の言葉にまだ納得しないのか、嬰美えいみは傍らで急に黙る真理奈まりなに視線を移した。

　「屋上で……”手籠てごめ”にされたんですよ、私」

　「おまっ！”手籠てごめ”ってお前……」

　――言うに事欠いてなんて人聞きの悪い……

　アレは戦いの結果で俺は殺しかけただけ……って、こっちの方が質たちが悪いか？

　「事実でしょう？それで……私は……」

　なんとなく変な、見たことも無い緊張した表情で……

　東外とが 真理奈まりながなにかを口にしようとした時……

　キキーー！

　裏門の向こうに、明らかな高級車が重厚なブレーキ音を響かせて到着していた。

　「あ……」

　「……」

　真理奈まりなはばつが悪そうに黙り、嬰美えいみもそれを目で確認していた。

　「……」

　――俺はいない方がよいだろう……な

　不本意ながら、結果的に色々と六神道ろくしんどうに刃向かっている折山おりやま 朔太郎さくたろうという人物は、この場にいない方が事がスムーズに運ぶだろう。

　そう踏んだ俺はすっと立ち上がる。

　「教室に戻る」

　それだけ言ってその場を後にしようとする。

　「授業に？意外と真面目まじめなのね」

　「俺は、お前ら正規組みと違って特待生枠だからな、生活態度も重要なんだよ」

　「生活態度？ふふ」

　事情を飲み込んでいる真理奈まりなは”あんたのどの口が言うのよ”といった顔で笑って手を振った。

　「じゃあな」

　「さ、朔太郎さくたろう！」

　「？」

　だが、その俺の足を止めたのはもう一人の美少女……

　俺にとっては意外な相手だった。

　「その……きょ、今日は……助けてくれてありがとう」

　黒髪ロングヘアーの大和撫子、波紫野はしの 嬰美えいみはそう言ってモジモジと俺を見上げていた。

　俺は”別に取引だったから”とか、そういう事は言わずに……

　多分、それでも、こいつは感謝してくるだろうから、その方が面倒臭いと……

　「……」

　振り向きもせず、無言で右手を挙げてその場を後にした。

　去り際、俺とすれ違いに車から波紫野はしのの使用人であろう女性二人が降りて来て、少女達に駆け寄って行くのが見えたのだった。

　――
　ー

　「……嬰美えいみさん」

　残された二人の美少女。

　その一人である東外とが 真理奈まりながその光景を眺めながら、近くに座る波紫野はしの 嬰美えいみに静かに言葉をかける。

　「……」

　「"あいつ”のこと……朔太郎さくたろうって呼ぶんですね……」

　その言葉には”何時いつからそんな親しく？”といった感情があからさまに見てとれる。

　「…………真理奈まりなも……ね」

　そして……嬰美えいみも目を合わさずにそう応えた。

　「……」

　「……」

　間を置かず、使用人の女二人が少女達に駆け寄り、嬰美えいみに着替えを、真理奈まりなに謝辞を伝えるが……

　「……」

　「……」

　二人の少女は微妙な緊張感でお互いを見ず、黙ったままであった。

　――
　―

　……と、そんな事になっているとはつゆ知らず……

　俺は二年の教室に戻り、なに食わぬ顔で次の時限の授業を受ける用意をしていた。

　「……おっ」

　そして、空になった前席を見て”ある”事を思い出す。

　――波紫野はしの 剣けんのことを忘れてた

　「……」

　しかし、よくよく考えてみたら……

　ヤツが無事だろうと無事で無かろうと、これといって関係の無い俺は――

　「次は物理か」

　再び教科書を開いて授業の開始を待つのだった。

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