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「神がかり!」第26話
第26話「潜入捜査」
「悪いね朔ちゃん、授業中サボらせて……」
「……」
俺の隣で言葉とは裏腹に悪げも無く笑う男を見る。
――ここは薄暗い旧校舎の一室、一般生徒の生活圏とは無縁の立ち入り禁止区域だ
「昨日話した件だけど……最重要容疑者である御端 來斗先輩の居場所が特定できるのはこの時間しか無いんだよ」
昨日の件……
”天都原学園女生徒失踪事件”
なるほど、容疑者が学園生なら授業中は授業を受けているはずだし、もし今の俺達と同じようにサボっているならば、居場所は高確率で旧校舎だろう。
「で、真理奈ちゃん。御端先輩は現在、三年の教室で授業を受けているんだったね?」
「……」
前髪を横に流した肩までのミディアムヘア、
利発そうで静かな瞳と控えめな薄い唇の清潔で生真面目な印象を受ける少女は、波紫野 剣の問いかけにも心ここにあらずだった。
「真理奈ちゃん?」
「あっ!?はい!そ、そうです!確認は……取れています」
「……」
「……」
どちらとも無く目を合わす俺と波紫野。
「な、なんですか?」
東外 真理奈は、波紫野がこの件のもうひとりの協力者だと連れてきた訳だが……
「いや、朔ちゃんに誕生日プレゼント貰って嬉しいのは分かるけど。頼むよ、結構重要な局面なんだから」
「なっ!」
わざとそういう言い方をする相変わらずな男の言葉を受け、一気に真面目そうな少女の頬が朱く染まる。
「なっ、なんですか!?誕生日プレゼントって!これは……あの時の弁償であって……そう言ったものでは……そ、それに嬉しいなんてことはこれっぽっちも……」
「はいはい、カーディガンを台無しにした朔ちゃんが弁償しただけ、他意はないよね」
俺より付き合いが長いのだから、この男の悪癖だと解りそうなものだが……
――なにを焦ってるんだ?真理奈
「……」
波紫野の今更なフォローに少女は頷くかと思いきや、一瞬、微妙な顔で黙り込んだ。
「いえ……その……折山 朔太郎が私に……バ、誕生日プレゼントを送りたいって言うのなら……その……”それ”で受け取っても良いですけど……けど」
言いながら俺の顔を意味ありげにチラチラと覗う変な女。
「……」
俺は内心溜息を吐きながらも、仕方なく頷いてみせた。
「ぁ……」
途端に少女の顔がぱっと輝く。
――面倒臭い
抑も、以前の屋上の一件でちょっとやり過ぎたと思った俺は、俺の意思はともかく、今後この事件に関わることもあるかもしれないと考え、東外 真理奈とのパイプは繋いでいた方が得策だと……
まぁ、そう考え、あの時のカーディガンを弁償することにしたのだ。
職業柄、様々な金持ち女性と接する俺は、真理奈のそれが結構なブランド物だったと記憶していた。
で、お得意様である、大田原 槙子に適当な商品を見繕って貰っていたのだ。
「な、なら……バ、誕生日プレゼントとして貰ってあげても良いわ……ふ、不本意だけど?」
そう言いながら心持ち上気した顔を逸らす、わかりやすい少女。
「……」
――まぁ……これは俺の自業自得だ
商品を渡す時、俺はちょっとした冗談で”誕生日プレゼント”と言って渡してしまった。
以前に真理奈のスマートフォンを強制的に借り受けた時に、解除番号を聞き出したことがあったが……
それが”RN01AM20IA”
つまり、アナグラムで“MARINA1020“
十月二十日が誕生日かと推測した俺は、日にちも近いことだしと要らぬ茶目っ気を出したのが運の尽きだった。
「真理奈ちゃんは中々に可愛いねぇ」
側でニヤニヤと波紫野が嫌な笑みを浮かべていた。
「なっなんですか!それ!私は別に折山 朔太郎から何を貰おうとも嬉しくともなんとも……」
この状況でも年下の少女をからかって楽しむ事を忘れない、基本”快楽優先主義者”の波紫野 剣。
「その辺にしとけ、遊びに来てるわけじゃ無いだろ?」
こんな茶番に付き合っていられるか……と、俺は今度こそ話を本道に戻す。
――俺は忙しいんだよ!
「なっ!そ、それを朔太郎がいう!?言うの!?……だ、大体!昨日、街中での極道者との大立ち回り、誰が苦労してもみ消したと思っているのよっ!」
つい余計な一言を零してしまったため、東外 真理奈の矛先はどうやら俺に向いたようだ。
「そ、そうだな……手間を掛けさせて悪かった」
とにかく話をサクっと進めたい俺は素直に謝る。
「……うっ……そんな素直に謝られると……」
そして真理奈は再び頬を赤らめて俯いた。
「まぁまぁ、とにかく……ここが元凶の本拠地ってことに多分、間違いがないだろうし。気を引き締めていこうよ!朔ちゃんも良いよね?」
「波紫野が約束を守るならな」
俺は頷きながら、少しドスを効かせた声で目前の男を睨む。
「ふふっ」
「……」
そんな俺の言葉に波紫野 剣は含み笑いをし、東外 真理奈は憮然とした顔をする。
――俺の出した条件
この”捕り物”に協力する代わり、六神道が出した極道者たちへの依頼の取り消し。
つまり、守居 蛍へ危害を加えないという確約だ。
六神道そのものの方針自体はどうにもならないが、そのくらいはどうにか出来るとの波紫野 剣の言葉に俺も妥協した。
――当面はここら辺が精一杯だろうな
俺達は旧校舎前でそんなことがあってから……
――
――現在は旧校舎の中を進んでいる
「……」
閉鎖された校舎は、窓、出入り口と、分厚い板で塞がれ、僅かな隙間も目張りが施されている事から昼間でも暗い。
懐中電灯が無くしては、ほんの数十センチ先も見えない。
緊張感を保ちつつ――
暫く進んだ俺達は、地下室へと続く階段前で二手に分かれることになった。
一組はこのまま一階をくまなく調べる……これは波紫野と東外が担当する。
そしてもう一組は地下室を……
こちらは俺が探索する。
組み合わせの理由は、単に俺が単独行動を好むからだ。
というか、俺は他人との協調など経験が無いので自然とそうなった。
「なにかあったら勝手なことはせずに直ぐに連絡しなさいよね!」
別れ際、東外 真理奈が少し不機嫌そうにそう言った。
「……」
「あるでしょ?私から取り上げたスマートフォン!」
「あ、あぁ」
棘のある言い方だが、そういえばあの時、強制的に借りたままだったな。
「波紫野先輩のナンバーも登録してあるし、私のもう一つのナンバーも登録されてあるから……」
「……」
――以外と面倒見が良いな……
あと性格もなかなか、思ったよりもサッパリしてる。
「なっ……なによ?」
少女の顔を見てそんな感想を感じていた俺に、少女は居心地の悪そうな顔をする。
「いや、よく似合っていると思ってな」
「なっ!?」
俺は誤魔化すように、渡したばかりのカーディガンを着用した真理奈をマジマジと見ながらそう言ってやった。
「ばっ……バッカじゃないの!折山 朔太郎っ!」
計算尽くの俺の言葉にまんまと朱くなり目を逸らす真理奈。
長年のバイト生活で俺が得たスキル!
女がウダウダ言い出したらとりあえず褒めて話を逸らす作戦大成功だ。
「…………えっと、もういいかい?イチャイチャしてるところ申し訳ないけど」
「イチャイチャしてないっ!」
「誰がだっ!」
痺れを切らした波紫野 剣の茶化した言葉に、俺と真理奈は二人同時に突っ込んでいた。
――
馴れ合いは好きじゃ無い。
というか……馴れていないし俺には必要ない。
ただ……
一瞬でも目的が一緒なら、人間関係にはある程度の潤滑油は必要だろう。
「それだけ……それだけだ、くだらねぇ」
俺はハンディライトの僅かな光を頼りに独りで地下階を進みながら呟く。
――!
そして暫く暗闇を歩いた後、二つ目の部屋前で歩みを止めた。
――これは……なんだ?
背中……いや、皮膚全体に感じるピリピリとした感覚。
――地下階には……なにかが潜んでいる
俺はそれを感じながらも、一歩、室内に足を踏み入れ……
「……」
足元にあった”それ”を拾い上げた。
――布?……いや、これは……
ふわりと微かに鼻をくすぐる独特の女の香り。
「……」
そして、奥の壁際に万歳し背中を張り付かせ”てへたり込む”黒い影。
「……波紫野 嬰美か?」
ライトで照らすまでも無い、俺は直ぐに察しが付いていた。
暗闇の中でも感じる、弱々しい息づかいと微かに輪郭を浮かばせる女の拘束された裸身。
俺は警戒しつつも、無骨な鎖で無機質なコンクリート壁に拘束された女の正面に膝をついて視線を同じ高さに合わせた。
「……」
そして――
先ほど拾った"女物の下着”をいったん地面に置き、左手に持ったハンディライトで女の顔を確認する。
「う……うぅ……」
青白い程に色を無くした女の肌……
つやを失った紅い唇から力ない声が漏れる。
「生きてるか?」
その女はやはり……
随分と俺の中のイメージとはギャップがあるが、確かに行方不明中の波紫野 嬰美だった。
「……う……」
暗闇の中、カビ臭いコンクリートに鎖で両手を万歳した形で拘束された女。
一糸と纏わぬ白い裸身は極度の疲労の為だろうか?血管が透けるほどに青白い。
そして、冷たいリノリウムの床上にへたり込んだ下半身には、見た目で分かるほど力が通わぬ様子で、たとえ鎖から解き放っても自力で立ち上がれる状態では無いと思えた。
「波紫野……波紫野 嬰美……意識はあるか?」
「…………う……」
「…………だ……れ……?」
俺の何度目かの呼びかけに辛うじて返事らしきものを返す女。
うっすら開いた瞼から芯の無い澱んだ瞳が、ぼぅっと焦点の定まらない視線で俺を見つめる。
――駄目だな……これは随分と手ひどく扱われたらしい
女を一通り確認した俺はそう結論づける。
全身に外傷はないものの……
丸二日?三日か……
拘束され、大方、食事も満足に与えられていないだろう。
それに……
女の白い身体には……
左乳房のところと鳩尾、それと下腹部……
あとは両足太ももの付け根辺りにひとつづつ。
波紫野 剣から聞いていた、ボンヤリと光を放つ痣があった。
「とにかく、地下室に長く居るのは得策で無いな。解るだろ?」
この部屋に入る前の、さっきの感覚……尋常じゃ無い。
俺は応えの返せない相手に独り言のように呟くと、その辺に転がっていた角材の破片を手に取った。
――木刀には少し短いが……
「……」
そして、角材を生気の無い女の青白いおでこ、数センチ上に沿わせ、ゆっくりと振り上げ――
ブォォンッ!
「っ!?」
一気にそれを振り下ろしていた。
「…………お……折山……朔太郎……!」
弱々しいながらも生気を僅かに宿し、上目遣いに俺を睨む女。
角材はコンクリート壁に拘束された女の脳天の上に寸止めされていた。
「少しは”らしく”なったか?」
俺はその顔を眺めながら口の端を少しだけ緩めて角材を放り投げる。
カラン、カランッ
乾いた音と共に転がる角材。
「どうだ、動く気になったか?」
「き……さま……いきなり……」
「それとも、まだまだその”あられもない”姿を俺に見せてくれるのか?」
「っ!」
続けて出る俺の軽口に女……
波紫野 嬰美は改めて自身の状態に気づき、隠しようもない体勢からか青白い頬を少し朱に染めて視線を逸らす。
「……ふぅ」
俺は女の尤もな反応に溜息を吐いてから、今更だが目を逸らして床を確認するが……
――”下着”じゃ無理か?
落ちていた下着は不衛生だし、抑もこれでは殆ど裸と変わらない。
「……」
パサリ
俺は渋々と自身の上着を脱ぐと、女の白い裸身に掛けてやった。
「……」
ばつが悪そうにそのまま俺を睨む嬰美。
――まぁ、少しは生気が戻ったようで何よりだ
「その鎖はとりあえず無理だな、波紫野を呼んでも良いか?」
辺りを一通り確認したが、彼女を拘束している鎖を断てそうなモノは無い。
さしあたり思い当たるのは波紫野 剣の刀だが……
状況が状況だけに俺は一応確認を取った。
「…………」
嬰美は俯き気味に頷く。
――
その後、東外 真理奈のスマホで連絡をした後……
「……」
「……」
手持ち無沙汰な俺はポケットをゴソゴソと漁りそれを出す。
「とりあえず食えよ、総合栄養食だ」
俺はマイフェイバリットの”カロリーメイド”フルーツ味を差し出し、同様に予め買い込んでいたミネラルウォーターの五百ミリペットボトルを差し出した。
「……」
――面倒臭い女だな
俯いたままの相手に俺はもう一度膝を着き、彼女の顔前に強引にそれを差し出す。
「……」
「食っとけよ、とりあえず体力だろ?」
俺はそう言って相手の返事を待たずに封を切り、キャップを開けて女の若干色を失った紅い口元へ強引に寄せた。
「……う……わ、わかったわよ」
「ほら、あーーん!」
「くっ!」
屈辱的だといわんばかりの顔で俺にアーンされる大和撫子。
――コクリ、コクリ……
空になった胃が驚かないよう、小さく砕いた携帯食を少しずつ与え、水を少量ずつ飲ませる俺。
「……」
その間、波紫野 嬰美は素直に俺に従っていた。
「……」
「……」
「なにも……聞かないの……ね」
やがて彼女はそうポツリと零す。
「別に興味ないしな」
俺はと言うと……いつも通りぶっきらぼうに返すのみだ。
「…………ありがと」
聞こえるか聞こえないかの声で呟く少女。
俺は聞こえないふりをした。
「……あの」
「なんだ?まだ食い足りないか?けど生憎と携帯食はあれだけ……」
「じゃなくてっ!」
赤い顔で俺を見上げる、多少生命力の戻った嬰美の瞳。
「?」
「だ、だから……あの……その」
――なんなんだ?嬰美にしては歯切れの悪い……
「だ、だからっ!その……ちょっと離れて!」
――!?
あ、ああ?距離が近いってことか?
てか、今更だが……
確かに嬰美の今の格好を鑑みれば、男の俺がこの距離は気まずいだろう。
「……」
因みに、嬰美は一糸まとわぬ姿で床にへたり込んだままで、両手を万歳して壁に拘束されている。
その"あられもない”裸身には、俺の制服の上着が掛けられているだけだ。
つまり、かろうじて肌の露出を遮っているのみで、白い胸元までと太ももより下はむき出しのまま……
「ああ……そうか、でも状況解るだろ?あんまり離れるのはな……」
状況とは勿論、あの寒気のこと。
得体のしれない気配だ。
「……だ、だからそうじゃなくって」
「は?」
「だからっ!そうじゃなくって匂いがっ!…………あっ」
大声を上げた彼女はそこまで言って、途端に真っ赤に沸騰した顔を大きく横に逸らせた。
「……」
「……」
ああーー!!
そういうことか!なるほど!
波紫野 嬰美もなるほど……年相応の少女ってことか?
俺は妙に納得がいってうんうんと頷いた。
二、三日も拘束されっぱなしだったものな……それは気になるだろう。
ましてや異性である俺が近くにいるとなると……
――ってか、可愛いところも……おっ!?
「……」
そこまで思い至って、ふと彼女を見ると……
彼女は涙目で俺を睨んでいた。
「お、おおっ!?悪かった!すぐ離れるって!」
俺は警戒できる範囲でババっと離れると、できるだけ正面から彼女を視界に納めないように自身の体に角度をつける。
「……」
「……」
「まぁ……なんだ」
「……」
お互い気まずく視線をずらす中、俺は真剣な表情で呟いた。
「付け焼き刃でも体力はつけとけよ……”まだ”油断は出来ないからな」
第26話「潜入捜査」END
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