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短編小説•掌編小説

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短編小説と掌編小説をまとめています
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#小説

私はそれでいい #秋ピリカ応募

私はそれでいい #秋ピリカ応募

昨日、偶然に娘を見つけた。
喫茶店でひとり、紅茶を飲みながら本を読んでいた。

声をかけたかったが、私にはその資格がない。
彼女が二歳の時に私は父親をやめてしまったから。

美しく成長した娘をただ眺めることしかできない。



私には父がいない。
寂しいと思ったことはない。
父の記憶が全くないから。

優しい母は事あるごとに私に謝った。

「お父さんいなくてごめんね」

「全然平気だよ。お母さん

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懐かしい初めまして #シロクマ文芸部

懐かしい初めまして #シロクマ文芸部

懐かしい雰囲気、匂いと声音。
なぜだろう。初めて会った人なのに。

六歳年下の小学四年生の弟が連れてきた男の子、裕太くん。

どこかで会ったような気がして仕方がない。
でも相手は小学生だし。
そんなわけないか、とも思うけど、でも……。
ついつい彼の顔をまじまじと見てしまう。

「なんだよ、姉ちゃん、裕太のこと好きなんか」

弟のマサルが能天気にしょうもないことを言ってくる。そんなんじゃないんだよ、

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レモンが泣いている #シロクマ文芸部

レモンが泣いている #シロクマ文芸部

レモンから誰かのすすり泣く声が聞こえた。

雅子は半信半疑でレモンを手に取り、利き耳に近づけてみた。

やっぱり泣いている。

どうして?一体誰が?
いや、レモンが泣いているのか。
私が、泣かせたの?
なんだか責められているような気がした。

怖い。
ひとりで抱えておくには怖すぎる。

ひとり娘の敬子を電話で呼び出すことにした。
2階の自分の部屋でもう寝ているかもしれないが、遠慮している場合ではな

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もう流れ星に願い事はしない #シロクマ文芸部

もう流れ星に願い事はしない #シロクマ文芸部

「流れ星に願い事したことある?」

付き合っていると言っていいか、まだ微妙な彼女からの質問。どういう受け答えをするのが正解か。ここで嫌われたくはない。

「あ、あるよ」

「叶ったことは?」

「え?それはないけど。というか、叶った人いるのかな(笑)」

「なんで笑うの?何か可笑しい?私は叶ったことあるよ」

やばい。

「ご、ごめん。いままで出会ったことなかったから。流れ星に願い事して叶った人に

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優しくて冷たい手 #シロクマ文芸部

優しくて冷たい手 #シロクマ文芸部

花火と手の冷たさが忘れられない、高校一年の夏休み。

健ちゃんは私が初めて付き合った男子で、部活はバレー部に入っていて、背はちっこいけどレシーブが上手だったからポジションはリベロだった。
私はマネージャーをしてたんだけど、エースアタッカーよりどんな球も拾っちゃう健ちゃんに惹かれた。

普段は愛想が悪いんだけど私のことを優しく気遣ってくれて、理由を聞いたら「山本さんのことが好きだから」って普通のトー

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風鈴と玉子焼き #シロクマ文芸部

風鈴と玉子焼き #シロクマ文芸部

風鈴と兄が連れてきた女性の素っ頓狂な声が重なった。

「玉子焼きにマヨネーズ入れないんですか?」

「うん、ウチじゃ入れないねぇ」
母が馬鹿正直に返事する。

「えー健くん、マヨネーズ入れないと怒るじゃんね?」
困ったように兄を見る女性。

「べ、別に怒らないけどな、俺」
なぜか弁明する兄。

「怒るよー、機嫌悪くなるじゃん」
納得いかない様子の女性。

もう見ていられない。
私は女性の玉子焼きの

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【短編小説】平和の先生 #シロクマ文芸部

【短編小説】平和の先生 #シロクマ文芸部

「平和とは何か、説明できる人いますか?」

ウチのクラスに来ていた教育実習の先生が最終日の挨拶で突然質問してきた。どういうつもりだろう。そういう質問をするタイプの人じゃなさそうだったけど。

「いませんか?私、今日が最後なんですけど」

知らんがな。

「じゃあ、指名しますね。清水さん」

最悪。なんで。

「どうですか?」

「んー、今、かな」

「今」

「今、平和ですよね」

「この教室は平

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【短編小説】銀河売り #シロクマ文芸部

【短編小説】銀河売り #シロクマ文芸部

銀河売りになって早3年。
いまだに自分が何を売っているのか、よく分かっていない。

先輩に誘われてこの世界に入った。
先輩は信頼できる人だ。
だけど、この人に会うまで銀河売りに会ったことがなかった。それ以降も会ったことがない。

この世に銀河売りは先輩と俺の2人だけなんじゃないか。

先輩は「そんなわけないだろ」と笑って相手にしてくれないが、そんな気がする。先輩に銀河売りのイロハを教えた人がいたら

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指までおいしい #春ピリカ応募

指までおいしい #春ピリカ応募

「誕生日にサーロインステーキが食べたい」

小学4年生の息子、秀のリクエストに真子は悩んでいた。友達の自慢話を聞いて食べたくなったらしい。

真子は3年前に夫と死別し、定職に就いてはいるが、簡単にサーロインステーキを食べさせられるほどの経済的余裕はなかった。

今日は有給を取り、スーパーを数軒はしごして、予算内で最高のサーロインを入手。自分には豚肉を買って帰宅した。
サーロインステーキの上手な焼き

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