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【短編小説】銀河売り #シロクマ文芸部

銀河売りになって早3年。
いまだに自分が何を売っているのか、よく分かっていない。

先輩に誘われてこの世界に入った。
先輩は信頼できる人だ。
だけど、この人に会うまで銀河売りに会ったことがなかった。それ以降も会ったことがない。

この世に銀河売りは先輩と俺の2人だけなんじゃないか。

先輩は「そんなわけないだろ」と笑って相手にしてくれないが、そんな気がする。先輩に銀河売りのイロハを教えた人がいたらしいが、その人もずいぶん前に亡くなったそうだ。

そもそも銀河売りだけでは食べていけない。
俺はバイトを3つ掛け持ちして生活費を稼いでいる。
バイト先の飲み会で酔っ払って気のある女の子に「俺、実は銀河売ってるんだよね」と漏らしたことがあるが、「何それ?詩人のつもり?」とドン引きされた。先輩に言うと「他言は無用って言ったろ」と大笑いされた。

こんな先の見えない生活をいつまでも続けられない。
だいたい俺は先輩の手伝いばかりで銀河を売ったことがないのだ。俺は意を決して先輩に聞いた。

「先輩、銀河売りって何なんですか?」
「お前の仕事だろ?」
「いや、俺はまだ銀河売ったことないっす。知ってるでしょう。先輩は何を売ってるんですか?」
「銀河売りが売ってるんだ。銀河に決まってるだろう」
「俺、実は……銀河が何なのかも分かってないんです!」
「だろうな」
「知ってたんですか?勇気を出して言ったのに」
「俺もそうだった。銀河はな、買わないと分からない。と言うか、所有しないと分からないんだ」
「そうなんですか」
「ああ。さらに言うと、持ってる分しか売れない。当たり前だがな。銀河売りは、自分が所有する銀河を増やして売るんだ」
「どうやって増やすんですか?」
「それは今のお前に言っても分からない。銀河の何たるかも知らないお前に」
「じゃあ、俺に銀河を売ってくださいよ!」
「お前、いくら出せるんだ?高いぞ、俺の銀河は」
「……5万くらいですかね」
「プッ、それじゃ星屑も買えない。……仕方ないな、少し俺の銀河を分けてやる。そろそろお前にも稼いでもらいたいしな」
「ありがとうございます!」

先輩は上着を脱いで言った。

「俺の左胸に手を当てろ。……変な気は起こすなよ」
「大丈夫です」

俺は先輩の左胸に右手を当てた。

「始めるぞ」

先輩は小声で二言三言、何か呟いた。
すると、目に見えない何かが俺の右手を通して流れ込んでくる!とてつもなく巨大で、静寂を保ちながらも生命のほとばしりのような何か。
これが銀河!
なにか自信がみなぎってくるようだった。

先輩が俺の右手をよけて言った。

「どうだ、少しは分かったか、銀河のこと」
「分かったとは言えないけど、感じました。銀河を」
「そうだ。感じるものなんだ、俺たちが売る銀河は。そしてコレを求める者は一定数いる。金に糸目はつけずに買おうとする」
「わかる気がします」

先輩は満足そうに頷くと、また口を開いた。

「さて、俺の役目は終わった。お前という銀河売りが誕生したからには、俺は元いた場所に帰らなきゃならない」
「元いた場所ってどこですか?」
「お前もいずれ思い出すさ」
「全然わからないです」
「いいんだ、今わからなくても。俺の代わりにしっかり銀河売ってくれよ。じゃあな」

先輩から銀河のようなものが出てバッと広がったかと思うと、すぐにシュッと縮んで先輩は消失した。

「先輩!戻ってきてください!!」

先輩の名前を叫ぼうとしたが、どうしても思い出せない。あれ、そういえば俺の名前は何だっけ?

ま、そんなことは大した問題じゃない。
俺はただ、俺の銀河を売ればいい。
簡単なことだ。

(1452文字)


※こちらの企画に参加させていただきました。

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#短編
#小説

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