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毎日が楽しくなる『散らかしの遊戯』

それはぼくの生徒ケイ君からの質問だった。
彼は、それまで学んだ教えを使って人生をよくしよう、ポジティブに生きようとしていた。

だが、いまひとつ空回りしていてはたから観てもちょっと痛い。周りからは浮いている感じがして観ているこちら側も恥ずかしい。

ただ、アドバイスすると「余計なこといわないでください」と言わんばかり。憤まんやるかたないという感じでプリプリと怒り出す。

それがこれまたやっかいだ。そこで放っておいたところ、久しぶりに尋ねてきた。

ケイ「ひろさん。ちょっとムカついたことがあるんです」
ひろ「なんだい?」

ケイ「会社の先輩がぼくの家に遊びにきたんです。そして帰り際、扉に貼っていた教訓を観て、せせら笑ったんです。こんなんで成功できるんだったら、警察はいらんよって言って」
ひろ「なんて書いてあったんだい?」

ケイ「デール・カーネギーの道は開けるに書かれてあったメッセージを書いていたんです。信じれば願いは叶うって」
ひろ「なるほど」

ケイ「自分としては自分を鼓舞する意味ですごく救われたんです。けれども往々にして自己啓発の本ってバカにされがちなんですよ、なんか」
ひろ「そうなんだね」

ケイ「でも何ででしょう? こっちは真剣なのに、なんかバカにされるのは。真剣になればなるほど茶化される」
ひろ「それは何かを刺激しているか、ケイくんの生真面目さを笑っているのかもしれない。そんなにマジメ腐るなよって」

ケイ「でもそれってひどいと想いません? 何も頼んでぼくの好きな格言を読んでくれって言った訳じゃないんですから」
ひろ「まぁ世の中にはちょっかいを出すようにイチイチ言ってくる人は一定数いるよ。姑さんや先輩、上司、悪友とかね」

ケイ「でもぼくの友だちにはそんな嫌味を言うヤツいませんよ」
ひろ「まぁそういう人とは友だちじゃないのかもしれないけどね。ただちょっと思うのはケイ君はくそマジメ過ぎるところがある」

ケイ「えっ マジメのどこが悪いんですかっ!」
ひろ「そのムキになるところがちょっとマズいんだ。マジメなのはいい。けれどもすぐムキになるところが茶化される原因だ。すぐ怒るから茶化したくなるんだ。いたずらをしたくなるんだよ」

ケイ「でもそれってひどくないですか」
ひろ「ちょっと話題を変えよう。きみは片づけは好きかい?」

ケイ「いえ、好きじゃないですけど、片づいている状態は好きです」
ひろ「なるほどね。整理整頓とか、片づけとか断捨離、そうじをするといい。運気が上がるって話は聴いたことあるかい?」

ケイ「はい、それならありますし、文房具とかきれいにケースに入れますし、ワイシャツやズボンはのりづけのスプレーをして、アイロンがけして折り目を付けます。そうすると何かピシっとした気持ちになるからですね」
ひろ「そうかい。じゃ、ちょっと話を変えて。きみはアドラー心理学って知っているかい」

ケイ「はい知ってます。たしか嫌われることを恐れるな、目的を持ってはじめろという教えですよね」
ひろ「そう。人の評価や評判にとらわれることなく、自分軸で行動せよという教えだ」

ケイ「それが何の関係あるんですか」
ひろ「きみは先の先輩に好かれようとはしていないかな」

ケイ「うーん、どうですかね。好かれようともしてないけど嫌われたくはないです」
ひろ「なるほど。どちらでもない感じかな」

ケイ「そうですね」
ひろ「じゃ、明日、会社に行って、机の上を散らかしてみてごらん」

ケイ「はっ!? なに言っているんですか。怒られるに決まってるじゃないですか」
ひろ「どうして?」

ケイ「だってみんな机の上はきれいにしとくのが礼儀みたいに言われているじゃないですか。個人情報とかもあるし……」
ひろ「そうだね。じゃ個人情報じゃない資料をバサバサっと机の上に散らかしてみては」

ケイ「それが何の意味があるというんですかっ! 片づけてこそ、できる人みたいに思われるじゃないですか」
ひろ「いや、そうとも言えんのだよ。ぼくの昔の20上の先輩に中村という人がいた。一応係長だ。机の上はまっさら、何も置いてない。机の中は名刺入れのプラスチックケースがありきれいに名刺が入っている。文房具も種類別に置かれている。けれど、変なギャグをひとりで言っていつもバカにされていたんだよ」

ケイ「どうしてですか」
ひろ「威厳がなかったからだ。冗談が面白くなく、デリカシーがない。女性ウケしないんだ」

ケイ「でもそれと整理整頓とは直接関係ないでしょう?」
ひろ「いや、それがあるんだよ。モテてたのはどういう男性だったと思う?」

ケイ「きちっとこぎれいにしている男性」
ひろ「もちろんそういう男性は一般的には〇だよね。けどモテてた男性はちょっと小汚くしてた男性だったんだ。紙袋が破れてたり、傘を忘れたり、机の上がいつも散らかってたり……」

ケイ「えーっ それでどうしてモテてたんですか。気になるなぁ」
ひろ「話が面白いんだよ、飽きさせない。失敗談をするんだけど、女性がクスっと笑うんだ。放っておけないというか少年のようなところがあって、母性本能をくすぐるんだね」

ケイ「へーっそんなこともあるんですか」
ひろ「あぁ。だからケイくんへのワークとしてちょっとやってみてもらおうと思ったんだ」

ケイ「でもそれってちょっとリスク高過ぎません?」
ひろ「だから最初はちょこっとでいいんだ。机の上に資料を散らかす。多過ぎず少な過ぎず。だがね、これ意味があるんだよ。散らかしの遊戯と言ってね。勇気がいるんだよ、大人になると」

ケイ「どういうことですか」
ひろ「片づけとか整理整頓は大人になったらしつけとしてやるだろう。だが5歳までの子どもは散らかすことが遊びなんだ。自然体。だからそれにならって大人の逆をやるんだ。それを散らかしの遊戯と名づけたんだ。

散らかすのは勇気がいる。しかし子どもなら遊び、お遊戯だ。だから散らかしの遊戯と名づけ、きみにやってもらおうと考えた。バカバカしいように思えるが、実際にはけっこう効く。なぜならきれいにしておく人前ではという暗黙のルールを破り、その枠からはみ出て行こうとするからだ」

ケイ「なんか変ですよ、それってひろさん」
ひろ「いやいいんだ。やってみるとわかる」

ケイ「なんだかよくわかりませんが、やってみます。明日」
ひろ「それでいい。そうすればきみの固定観念の枠が取り払われ、外圧に強くなる」

ケイは翌日、散らかしの遊戯をするため、少し早く家を出た。



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