好きなことしてるのに幸せになれない理由
よく、幸せで豊かになる秘けつとして、
「好きなことをするといいよ」
「好きなことして生きて行く(=稼いでいく)」
なんて言います。
けれどいざ、好きなことをして行こうと考えたら急に煮詰まることありません?
・好きなことって一体何だろう・・・・・・
・とりたててやりたいことってないんだよね。
・好きな仕事をしてるのに何だか退屈
・好きな人といるのに何だかイライラする。
ってことありますよね。
で、アドバイスをする人なんかに聴くと、さもわかったように、
それって「覚悟」が足らないんですよ、好きなことでやっていくって。
――なんて言いますよね。
でも、それ言われたとき(大体「断言」される)、なんか腑に落ちない、スッキリしないってことありません?
2ちゃんねるのひろゆきと元ライブドア社長のホリエモンのメッセージよろしく、
なんか違うんだよね
って思うことが。そう思うことがありますよね。
けど自分ではうまく説明できない。で、ネットサーチして行くと、こんな文章に出逢います。
「好きなことだけでやっていくにはムリがあります」
「そういうアドバイスをうのみにしては危険! 売って行く方法を知っておかないと『好きなことやってる。けど全然稼ぎが無い。そのうちイヤになる』って負のスパイラルに入ります」
などとセールスやマーケティングの話になって行きます。
で、それを読んで、
<なあるほど。たしかにそうかもしんない。売るのが苦手って人にはお金を得るのはむずかしいかもね>
と一応納得する。そうやって「好きなこと」、「苦手なこと=売ること」とのバランスを考えたりしながら、グルグルグルグルと思考がめぐる。
でも、そもそも、この「好きなこと」「ワクワクすること」ってやればやるほどどんどんワクワクしていくものでしょうか? 情熱が湧き出てくるものでしょうか?
( *´艸`)
いえいえ、そう事は単純ではありません。グーグルやアップルなどが「好きなことで生きて行く」というメッセージを上げていますが、それはスローガンであって、じっさいにはそう事はカンタンではないからです。
実例をあげましょう。
実例1)ある自然食ショップ
ある、自然食を売っているお店があります。食材にこだわり、添加物一切なしの有機農法無農薬のものを追求する。まさに自分の好きにこだわり抜いた食材だけを置いている。オーナーは好きな商品に対する想いは強く、一度話し出したら止まらなくなる。
ところがそこへ、乳児を連れたカップルが訪れる。飲ませているのはコンビニで買ったインスタントのドリンク剤。それには乳化剤や人工甘味料が使われている。
オーナーはその子を見るなり、内心想う。
<からだに悪いのを飲ませて『平気』だなんて。お母さんはどこを観ているのかしら!?>
オーナーの鋭い視線を知るよしもなくその夫婦は買い物をしはじめる。どろつき人参、胚芽5分付き米、有機無農薬リンゴ・・・・・・。しかしその一方では買い物カゴにはさきほどスーパーで買ったY社製トランス脂肪酸、マーガリンたっぷりの菓子パンが観えている。
途端、オーナーは内心イライラしはじめます。自分の「好き」とは違う文化を許せないのです。好きなこと「以外」を許せない。だからイライラするのです。
好きを突き詰めると、嫌いを排除していく。好きな友だちといると、話が合うから楽しい。けれどその一方で何かを排除しているかもしれません。
実例2)あるすし屋にて
ぼくはエビが好きだ。大の好物で寿司には目がない。エビだったら何個でもイケる。そう想っている。ところが・・・・・・その情報を聞きつけた、イジワルな店主があるものを用意していた。
すべての寿司がぜんぶエビだったのだ。ほかのを注文しようとしても、店主は、
「いや、ウチじゃこれしか仕入れてませんから」
とつれない。じつは奥にはほかの魚も仕入れているのだが、店主は主人公「ぼく」のことが嫌いなのだ。お金持ちのおぼっちゃん育ち。一方店主は貧乏な中から這い上がってきた。だからおぼっちゃんで金に物を言わせて食べようとする「ぼく」のことが嫌いだったのだ。
「んんまぁ、いいケド・・・・・・(汗)」
ぼくは仕方なく大好物のハズのエビを手にする。しかしなぜか美味しくはない。いつものウマい味が楽しめないのだ。大好きなハズのエビが楽しめない。しかしそれがなぜだかわからない。
さて、2つの例を示しましたが、いかがでしたでしょうか? なぜ好きなことをしているのに楽しめなくなってしまうのか? ちょっと考えてみてください。
これ、意外と忘れられている盲点なんです。
どんなに「好きなこと」や「好きな物」でも、ある臨界点を超えると「嫌いになる」んです。
実例1では、自分の「好き」にこだわるあまり、ほかの人の「好き(からだに悪い食べ物)」を許せなくなる。
実例2では、「好き」なものでも、そればかり「強制的に」食べさせられると、義務感で食べなければならなくなり、嫌いになる。
んです。
実例1では自分の「好き」を【絶対視】するあまり、「嫌い」なものを許せなくなった。実例2ではいくら「好きなもの」でも、【強制的】に食べさせられるあまり、【義務感】になった。だから「嫌いなひととき」になったんです。
だから単純に「好き」だからイイ! ってわけにはいかないんです。
もひとつわかりやすい例を出しましょうか。
あなたが好意を寄せるKくんという男性がいるとしましょう。お互い忙しくなかなか逢えない。
お付き合いしはじめたときにKくんとは、
「いつか一緒になろうね♡」
と誓い合った。周囲からはKくんにはいろいろと事情があり、反対の声もある。しかしあなたはまったく気にも留めない。
だって「好き」だから
好きだったらどんなことでも乗り越えられる。そう信じている。彼と一緒ならどんなハードル、逆境だってやっていける。Kくんとなら――そう信じている。
ところが・・・・・・
かねてからの念願であった「結婚」を手にした。周囲の反対もなくなった。念願の第一子も生まれた。2歳になり一番手がかかるとき。そのときだった。
いつもやさしく声をかけてくれていたKくんが、どこか物思いにふけっているようだった。
ふと、無造作に置いてあったスマホの画面があった。ロック画面になってはいたが、パスワードは知っている。なにげにロックを解除した。すると、女性数人と楽しそうに写っている画像数枚が目に留まった。
とたんに嫉妬の炎がめらめらと燃え上がる。けどもしかしたら単なる友だちかもしれない。
でも画面を勝手に観たとも言えない。あんなにやさしかったKくん。でもいまは子どもを外へ連れ出しはしても、忙しい家事を彼はぜんぜん手伝ってくれない。
そんなときです。女性の影がちらついてくるのは――。
そうなのです。「好き」はずっとは続かないし、あることがきっかけで「ものすごく嫌い」にもなるんです。
好きは嫌いにつながり、嫌いは好きにもなる。つまり、ものごとというのは、表裏一体であり、相反する関係にあるんです。
実例3)では、自分の「好き」=彼という方程式を絶対視するあまり、自分の中でくすぶりはじめた彼への不信・嫌いな部分にフタをしていた。そのためふとしたことがきっかけとなって、自分の中に溜めていた怒りが活火山の噴火のように噴き出したのです。
こうしたことがあることを理解し、押さえておかないと、
こんなハズじゃなかった!((。▰´▵`▰。)
ってなります。
「好きなこと」「好きなもの」「好きな人」というのは、何かの事情で「嫌い」「大嫌い」にもなることがある。
そのことを知っておけばいいのです。そのことを知っておけばまた、
「嫌い」が「好き」になることもあるし、「大好き」になることもある。そんなふうに考えると、人生軽くなるし、そう重たく考えなくなりませんか?
きょうは「好きなことをしてるのに幸せになれない理由」と題して、意外な盲点・忘れられていることをお届けしました。
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写真左はメイクアップアーティスト近藤ゆかりさん、中央妻のマダムれいこ、右はヘアメイクアーティストの矢作祐輔さん。「好き」と「嫌い」をどのようにチョイスするか、話してます。
≪ひろ健作:プロフィール≫
元々人見知りで自信が無く対人関係が苦手。女性に対しても奥手であったことから私財の大半を投じ人生の知恵を学ぶ。
コミュニケーションスキル、人間関係、願望達成法等を学び独立。通算20年、のべ2万人以上に渡る事例研究、コーチ経験で誰にでも使いやすい形にアレンジしたオリジナル・メソッドとそのコーチ力には定評。
現在はパートナーのマダムれいこと恋愛と結婚の専門家としても活動。トップヘアメイクアーティストをゲストに迎え、外見と内面の両面から磨くアカデミースクール、個人コーチや企業コンサル等を中心に活動中。
HP:https://www.kensakudo.com/
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