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私のトラウマ5

トラウマケアの中に、曝露療法がある。
強いストレスを感じる事を、安全に、少しずつ体験しながら、少しずつ慣れていくことを目的とする。

私であれば、車に乗る事。

交通事故後の違反者講習で、教習車に乗って急ブレーキ体験をした際に、泣いてしまい、教官のおじさんを困らせてしまったことを思い出した。

まだ傷が生々しい時期に、あの講習内容は、適切じゃないと思うけど、違反者講習の内容にトラウマケアの視点は無いから、あれも二次被害になり得るかもしれないと思う。

違反者講習は別として、車に乗ることは、比較的すぐに慣れた。いつも乗っていたし、他の人が運転するなら、安心だった。それでも、大きなトラックとすれ違う時は、体がこわばって緊張したり、怖くなったり、恐れを声を出してしまうことはあった。

自分で運転すること。

これが、ずっと出来なかった。約17年間出来なかった。運転できるようになりたい。運転できるようにしなきゃ。そう思う気持ちはあるのに、運転することは、私にとって誰かを傷つけることや死と直結していたし、交通事故の罰金を支払うことも負担だった。運転の練習をすると必ず頭が痛くなった。車の運転は、私にとってデメリットしかなかった。

新年の抱負に「今年は月1回は運転をする」と目標を掲げてみても、1月に1度乗っただけで、年越しを迎える事が続いていた。

普段は、徒歩と公共交通機関で移動。友だちに迎えに来てもらって外出。みんな本当にありがとう。仕事では、基本的に外出する事はなかったから助かっていたけれど、買い物などの業務では、他の方に運転をお願いしていた。本当にたくさんの人に助けられています。

交通事故を起こさなければ、きっと運転は自分でして、誰かを頼ることはなかったかもしれない。運転ができないことで、強制的に人を頼る練習をさせられていたのかもしれない。

いつも申し訳なかったし、運転できない自分が情けなかったけれど、自分にできないことがあるという負い目が、傲慢になることを防いでくれていたとも思う。

車を運転してもらうことで、良かったことは、運転してくれている人と話せたこと。1人で行動したり、現地集合現地解散だと話せなかったことも話せたりした。それでも、相手が話したかったは分からないけれど。

つづく

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