「少女と花と殺人」2019.12.09





溺れた花を燃やす少女の背中に骨が浮いている。「私はどうして泣かないのかな」「どうしてだろうね」「死んでもいいなんて思ってないの」「じゃあ何故だろうね」「死にたくない、死にたくない……」ねえ、君はどうして髪なんか伸ばしたの、とは聞けなかった。濡れる青は豪奢に、弧を描く背骨へ沿って曲がりくねっている。元々は真っ直ぐだった長い髪が曲げられるのはまるで、彼女の細い身体が責められるようだ、と思う。痛々しくさえある。邪魔者が彼女であるかのような美しい髪に、こちらへ振り向く、僕らを非難する細い目。目立つのは髪で、目ではなく、切ないまつ毛が震えていた。「死にたくない」それでも泣けない彼女は、助けを求めるようにこちらを見て呟いた。「他に、最期に言いたいことはある?」こちらが聞くと、彼女は細い目をさらに細め、三日月型にしてこう言う。「……ないよ」しゃがむ彼女の前に広がる泉に、花弁の灰が浮いている。「じゃあ、さようなら」「来世でまた会おうね」頷いた彼女は、華奢な指をひらひらと振った。ナイフで背を刺すと、一瞬震えて、すぐに動かなくなった。彼女の軽い身体を泉に沈めると、大気から隔離された血液が、二人を結びたがる運命の糸のように水面へ伸びる。美しかった。沈んでゆく表情はやがて、長い髪に包まれて見えなくなる。さようなら、ともう一度呟くと、静かになった辺りに言葉だけが落ちた。息を止め、不必要な音を吐いた喉元に、ナイフを押し当てる。死ぬことはそんなに美しいだろうか、と思う。ただ、彼女の死に様が美しかっただけではないだろうか。両手で引いたナイフは濡れ、刃先がこちらを向いたまま落ちる。死ぬことはそんなに美しいだろうか。這いずって水に入ると、視界に色がついた。死ぬことはそんなに美しい、だろうか。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?