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樹
2020年12月30日 09:38
大学進学と同時に、家を出て、そのまま就職してから、姉と2人で顔を合わせる機会もめったに無くなると同時に、俺は、再び心穏やかな日々を取り戻していた。いまや俺の周りにいる人間は、ほどよくモラルのある人ばかりで、友人、同僚、恋人の誰も、俺と2人きりだからと言って、姉のように月での話を語りだしたりはしなかった。もう一度言おう。俺は、心穏やかな日々を取り戻していた。その時、チャイムの音がした。
2020年12月28日 01:25
思い返してみれば、世の中は平等ってわけじゃないってことに気付き始めたのは、病院へ俺だけが連れて行かれた頃からだった。姉は、小学生の頃から成績も良く、受け答えも大人びていたせいか、総じて大人受けが良かった。一方、俺はといえば、学校の成績は良くもなく悪くもない中の中の辺りをウロウロしていたし、人見知りのせいか思ったことを口に出さずに飲み込むことも多い子どもだった。愛情に差があったとまでは思わな
2020年12月27日 16:03
姉は、いつもこんな風に、2人でいるときだけ、おかしなことを投げ掛けてくるのだ。さんざん姉の虚言癖に振り回されて育ってきたきた俺は、「またか…」と思いながらも、姉を振り返ってしまったことを、すぐに後悔していた。「月の何を教えるって?」おかしくてたまらないといった表情を浮かべた後、姉は言った。「そんなのヒ・ミ・ツに決まってるわ」まただ…。教えるって言ったり秘密だと言ったり、からかってい
2020年12月24日 18:11
幼い頃、姉は、こう言っていた。「月で暮らしていた時、私達は今よりもずっと小さかったのよ。大人になっても手のひらの大きさほどしかなかったの。だから、私たちの暮らしていた建物も、これくらいの大きさしかなかったのよ。」身振り手振りで、まるで見てきたようにすらすらと話す姉の話は、寝る前に読んで貰ったことのある「かぐや姫」を思い出させた。確か「かぐや姫」は、光る竹の中に収まるほどに小さかったと書いて
2020年12月23日 00:19
年の近い姉は、幼い頃から、時々おかしなことを口にした。「私は、むかし、月に住んでいたことがあるのよ」と冗談のようなことを本気の顔で言ってくるのだ。不安になって母に尋ねると、姉は紛れもなく自分が産んだ子のはずだと笑いながら言われ、その度に胸を撫で下ろしたものだった。どうやら、かの昔話のように、姉は竹から生まれたという訳ではないようだ。それでも、満月の晩になると、月を見上げている姉を目にする