Moon Sick Ep.1

年の近い姉は、幼い頃から、時々おかしなことを口にした。
「私は、むかし、月に住んでいたことがあるのよ」と冗談のようなことを本気の顔で言ってくるのだ。

不安になって母に尋ねると、姉は紛れもなく自分が産んだ子のはずだと笑いながら言われ、その度に胸を撫で下ろしたものだった。どうやら、かの昔話のように、姉は竹から生まれたという訳ではないようだ。

それでも、満月の晩になると、月を見上げている姉を目にするたびに、今にもいなくなってしまいそうな気がして、怖くてたまらなくなったものだった。

長じて故郷を離れ、姉とも顔を合わせなくなって久しい頃、月に人工の建造物が見つかったとネットが騒ぎはじめた。どうせしばらくすると、また、オニール橋の時のように、光の具合で建造物のように見えただけだというオチがつくのだろうと思っていたが、半年近く経っても騒ぎはおさまらなかった。

テレビでは、連日、天文学者といわれる人たちや、宇宙に関する有識者といわれる人たちの意見が飛び交い続けるようになっていた。そして、ここにきてようやく、これは月に地球人以外の生命体が存在していたという話をしているのだと理解し始めた。

俺は、部屋の奥にしまっていた天体望遠鏡を取り出すと、月にピントを合わせた。高校生の時に使っていた俺の天体望遠鏡では、せいぜいクレーターを見るのが精一杯で、月で見つかったという建造物まで見ることなどできるはずもなかった。 

建造物は見えなかったが、代わりに、姉との思い出がどんどんよみがえってきた。
              

【御礼】ありがとうございます♥