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Moon Sick Ep.5

大学進学と同時に、家を出て、そのまま就職してから、姉と2人で顔を合わせる機会もめったに無くなると同時に、俺は、再び心穏やかな日々を取り戻していた。

いまや俺の周りにいる人間は、ほどよくモラルのある人ばかりで、友人、同僚、恋人の誰も、俺と2人きりだからと言って、姉のように月での話を語りだしたりはしなかった。

もう一度言おう。
俺は、心穏やかな日々を取り戻していた。

その時、チャイムの音がした。
ドアを開けると、恋人が立っていた。
彼女とは、大学の時に出会って、つきあいだしたのは、働き始めるようになってからだった。

元々、同じサークルで、よく一緒に遊んだりはしていたのだが、大学卒業と同時に、友人たちの多くが、地元へ戻って行ったり、いろんな場所へ就職している中で、俺たちは、お互いに変わらずにそこにいて、自然と2人だけで遊ぶ機会が多くなったのがきっかけだった。

そんな風に、友人関係が長く続いてから付き合いだしたせいか、彼女といると、俺は何も気追わずにいられた。

そして、彼女いわく、一定の距離を置いて他人と付き合おうとしているらしい俺との距離をどんどん詰めてきてくれるところが、何より良かった。

普段は大人びて見える彼女だったが、笑うとクシャっとなる表情も、ふいにキスするとめちゃくちゃ照れるところも…。つきあうにつれて何度となく新しい発見を目にする、そのたびに彼女のことをどんどん好きになっていった。

俺は、ベランダに天体望遠鏡を残したまま、玄関先まで出迎えた。

「こんばんは」
「いらっしゃい」
「二次会ここでしてもいい?」
そう言うと、膨れたコンビニ袋を見せてきた。
「いいけど…二次会ってなんの二次会?」
「さっきまで、仕事の打ち上げだったの」
「ああ!この前言ってたやつ?」
「うん、そう!」
「無理な要求ばっかしてくるって言ってたあれか!」
「それそれ!」
彼女は手にしたコンビニの袋から、ハイボールを取り出すと机の上に並べ始めた。
ご機嫌なところを見ると、うまくいったのだろう。
「そっか、おつかれ」
「ありがと。いっぱいグチ聞いて貰っちゃったし、二次会は、ここでしようと思って、いっぱい買ってきちゃった」
日本酒もビールも並び始めた。
一体、何本飲むつもりなのだろうか?
と思いながら、つまみでも作ろうと冷蔵庫を覗き込んだ。

おっ!チーズ発見!
「仕事はどうだった?」
「うん、うまくいったよ。クライアントも、これなら大満足だって言ってくれてね」
トマト発見!
「よかったね」
「うん、あんなに喜んで貰えるなら頑張ってよかった…」

そう言うと、台所に立つ俺の背中に抱きついてきた。しばらくそうしていたが、彼女は離れる気配が全く無い。泣いているのだろうか?俺は、手にしていた包丁をまな板に置くと、振り返って抱きしめ返しながら彼女の頭をやさしく撫でてやった。

【御礼】ありがとうございます♥