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映画『ハクソー・リッジ』についての雑感

メル・ギブソン監督の2017年の映画『ハクソー・リッジ』。89回アカデミー賞の録音賞と編集賞も受賞しています。私はじつは、沖縄戦が題材になっていることと日本公開時の宣伝方法が作品内容と乖離(沖縄戦にも触れず芸人さんを起用したコミカルな)し批判されていたことしか知識がなく、今更ながら作品を初めて観ました。

前田高地での激戦

作品ではデズモンド・T・ドスという沖縄戦に従軍したアメリカ軍衛生兵の実話をもとに彼らがくぐったHACKSAW RIDGE(ハクソー・リッジ、沖縄県浦添市の前田高地)での凄惨な戦闘とデズモンド氏が多くの兵士の命を救う様子が描かれます。
前田高地での戦闘は砲撃、ナパーム弾、火炎放射器など様々な兵器が駆使されたあまりに壮絶なものだったと言われ、そこで戦ったアメリカ陸軍の兵士たちの言葉を借りて “all hell rolled into one”(ありったけの地獄をひとつにまとめた)と表現されています。※1 (これは沖縄戦を語るときによく聞く言い回しの1つだけど、誰がいつ使ったフレーズなのか気になっていたのでこの機にソースを知れてスッキリした)そして前田高地以後も、シュガーローフ(現・安里配水池公園)の戦いなど苛烈な戦闘が続いていきました。
浦添市はこの作品の公開にあたり、現地の歴史を学び平和について見つめ直す機会だとしてサイトで記事も公開しています。※2 

(ネタバレって言うほどのネタバレでもないかもしれないけど)以下はネタバレを含みつつの感想。

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画面に出てこないもう半分の犠牲者たち

作中かなりの割合を占める激しい戦闘シーンで兵士が次々にライフル、手榴弾、マシンガン、銃剣、火炎放射器、艦砲射撃などに倒れていく描写にまずどうしても頭をよぎるのが『兵士たちには基本武器があるけど、武器も持たずに巻き込まれて命を落とした民間人はどうすれば』で、自分自身の太平洋戦争の眺め方と生育環境を再認識させられました。
こう数字で書くのはあまり好きではないけど沖縄戦の20万余の全戦没者数のうち9万数千人は住民(民間人)だとされており日本軍(沖縄県出身軍人軍属+他都道府県出身兵)の総死者数とほぼ同じです。※3 兵士同士のみの戦闘シーンを観れば観るほど、米軍にも日本軍にも追われ一方的にあらゆる武器の犠牲にならざるを得なかった丸腰の住民の存在がどんどん気になってきてしまう。

"FAITH"の力

ところでこの作品の主人公デズモンド氏も、というかそここそ重要なポイントなんだけど、兵士でありながら丸腰でした。
彼は苛烈を極めた戦場で、自身の信教上の理由で武器を手にせずただただ負傷者の命を救い続けた驚異の衛生兵で、この映画で彼にスポットが当たったこと、人を殺すことこそが主務の軍隊・戦場を自分で選択しながら頑なに武器を持たず負傷者を救助し続けた人間の存在が描かれたことは、人は深い闇の中でも光を選択する勇気を持つ、というような建設的なメッセージに思えて共感しました。ただラストは、本人映像を挟まず映画中の世界観で描ききったのを観たかった気もします。

侵害の連鎖と、自分の選択に責任を持つことでの進化

先日、従軍慰安婦など強制売春宿や戦場レイプに触れた記事 ※4 を読んで以来、その中の「アジア太平洋戦争が無謀な侵略戦争であり、それがゆえに兵士が人権的観点から見てものすごく軽く扱われている」「懲役制度そのものが人権侵害」というような記述をしばしば思い出します。

ものごとはすべて関連し相乗効果を起こして成り立っていると感じます。武器や強い力で相手の命や物を奪い合う、という相手の人権を侵害する行為があるとき、その周囲にあるもの——それをされる人、する人、巻き込まれる人、生じた結果に翻弄される(大切な存在や物・衣食住・人生の可能性を失う、戦争の後遺症やPTSDに悩まされる、占領されて残った基地の問題に悩まされるetc.)人々、その問題を引き継ぐその子供たち、——はすべからく尊重されず権利を侵害される。人間は十分に戦争でそれを学び尽くしたように思います。
そして怒りや嘆き悲しみの中にあるとき、「〇〇が悪い」と原因を見つけ吊るし上げても、したこと/されたことは消せないし失われたものも戻らないから根本的には何も次には進まないのだと思います。
そこに改善や進歩があるとすれば、結局個々が「自分の」過去の選択を受け止め、「自分の」責任において、これからどうしたいかに基づいて行動すること以外にないはず。つまり「私は」相手を侵害する(憎む、攻撃しようとする)気持ちを捨て、そうでない気持ち/望む未来を選択する、というようなこと。
軍隊という圧力の塊みたいな集団に属し極限状態の戦場においてさえ自分の選択をし続けたデズモンド氏にはあらためて驚嘆してしまいます。

さいごに(戦跡の紹介)

前田高地は浦添城跡の丘陵地帯のことで、ここら辺は浦添大公園となっています。その名の通りかなり広くて緑もいっぱい、浦添ようどれ(英祖王と尚寧王の王陵)も、石積みも最高。歩いて回れないぐらい広いので、公園のどの部分に行きたいか決めて車で行くのがオススメ。駐車場は18:00に閉まったりするので注意。いくつか写真を載せつつ、今日はこの辺で。

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※1 United States Army in World War II
The War in the Pacific - Okinawa: The Last Battle Chapter XI - Assaulting The Second Shuri Defense Ring - The Maeda Escarpment Barrier
https://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-P-Okinawa/USA-P-Okinawa-11.html

※2 『ハクソー・リッジ』の公開によせて https://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017050200104/

※2 『ハクソー・リッジ』〜作品の舞台をご案内します〜 https://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017052900033/

※2 『ハクソー・リッジ』の向こう側 〜沖縄戦の記憶〜 https://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017052500073/

※3 沖縄県における戦災の状況(沖縄県) http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/okinawa_04.html

※4 なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”
https://www.cyzowoman.com/2019/08/post_242364_1.html

ありがとうございます!糧にさせていただきます。