見出し画像

【建築】本がないプリンストン大学ルイス科学図書館(フランク・ゲーリー)

「我ながらこんな所までよく来たなあ」と思う建築がある。遠いとか交通の便が悪いということとは別に、一般的には誰も、おそらくは建築ファンでさえも関心が薄いであろう建築のことだ。
フランク・ゲーリーの設計によるプリンストン大学の図書館もその一つである。フランク・ゲーリーとプリンストン大学。どちらも有名であるが、この組合せの建築をわざわざ訪れる人は何故か少ないようだ。


前夜、マンハッタンのバスターミナルであるポート・オーソリティまで、散歩のついでにバスのチケットを買いに行った。日が沈んだばかりの42nd St.には、まだ人や車が溢れていた。

画像1


チケットを買ってホテルに戻ろうすると、駅ピアノがあることに気づいた。一見すると音楽には縁が無さそうなオッサンが(失礼!)、上手にピアノを奏でている。これからバスに乗ると思われる大きなバッグを抱えた人たちも耳を傾けていた。

画像2

日常と旅情の狭間にあるこんな光景が素晴らしい。だから旅はやめられない。



さて翌朝、バスでプリンストン大学のあるプリンストンの街まで向かった。マンハッタンからは約1時間の距離である。

画像3


プリンストン大学はアイビー・リーグ8校(アメリカ合衆国北東部の伝統的な名門私立大学)のうちの1校。1746年に設立され、学生数は8,000人を超える。ノーベル賞受賞者も多数輩出するエリート校だ。

そのキャンパスも映画やドラマに出てきそうな風景である。
最も古いNassau Hallは1756年に建てられた。アイビー・リーグの名前の由来通り、その建物にはツタが絡まっていた。

画像4


キャンパス全体で見れば、ゴシック様式の校舎が立ち並ぶアカデミックで格調高い趣があるが、

画像6

近年は著名な建築家による現代建築も増えているらしい。
ルイス科学図書館もその一つであり、卒業生であり実業家のPeter B. Lewis氏の寄付により建てられた。プリンストン大学にはいくつもの図書館があるが、ここは科学系の学部のための図書館である。



道路側から見ると、街路樹が建物を隠している。奇抜なデザインのゲーリー建築は周辺の景観にそぐわないので、少し遠慮したのだろうか?

画像8


先に進むと、ようやくゲーリーらしいフォルムが見えてきた。

画像9


ステンレスパネルを何層にも複雑に重ねた屋根が特徴的だ。

画像10


しかし木に隠れて、"らしさ"がイマイチ見えない。

画像11


反対側まで回り込むと、ようやく「これぞゲーリー!」という外観が姿を現した。壁にレンガを使っているのは、周辺の校舎との調和を図るためでもあるだろう。しかしたとえ部分的であっても、ステンレスなどのメタル仕上げはどうしても目立ってしまう。果たしてこれは”調和”と言えるのか?

画像11


ところでゲーリー建築を見て感心するのは、明らかに”ハリボテ”の箇所を隠さず堂々と見せていることだ。日本では出来るだけ構造と外観が一致している建物をつくろうとするだろうし、そうでなくても、裏側部分は出来るだけ見せないように仕上げるのが一般的なのに...。

画像12


それでは中に入ってみよう。

画像12


このアトリウムの第一印象は、「MITのRay and Maria Stata Centerに似ているな」であった。いや、ほとんどそのままだ。もちろん同じ設計者なので意匠権の問題はない。MITでも書いたが、色使いなども遊び心があって大学らしい雰囲気もあり、とても楽しげで良い!

画像13

オレンジ、赤、青、緑に塗られた壁と天窓から燦々と入る自然光が、明るい空間を構成している。このあたりはゲーリーが得意とするところで上手い。

画像14


ただし異なる素材が重なり合えば、雨漏りも発生しやすくなる。実際にMITではあちこちから雨漏りがあって大変だったそうだが、後にできたこの図書館では、設計でも施工でもMITの反省をキッチリ活かしたそうである。

画像15


図書館内は、1人からグループでの利用まで想定された学習スペースがメインであり、本棚はあまり見当たらない。これは本の収蔵よりも、学生、教員、科学者の交流の場として重きを置かれており、本やサーバーは地下に収蔵されている。この図書館が計画された2000年代初めは、まさにデジタル社会への対応が求められた変化の時代でもあった。

画像16


そんな中、この本棚は変形の星形をしていた。もちろん特注だろうが、合板なので意外にコストは抑えられているかもしれない。

画像17


学習スペースの片側は全面ガラスなので明るい。ガラスの向こうは屋外ではなくアトリウムだが、前述の通り、アトリウムにも充分な自然光が入っている。

画像18


さらに奥に進むと読書室があった。窓の向こうには木々が見えることから、この部屋にはTreehouseという名前がある。廻りに木が植えられていたのは、建物を隠すためではなく、室内から外を見た時に木の緑が目に入ることを目的としていたのかもしれない。
高くて複雑な天井と抜けの良い視界が心地良い空間を作り出していた。

画像20


3階と4階も同様に学習スペースやセミナールームが並んでいる。

画像24


ゲーリーのある本によれば、この建物は"アルヴァ・アアルトの影響"があるという。「え? どこが?」というのがそれに対する正直な感想だ。内部空間における光の取り入れ方だろうか? 強いて言えば、ハイサイドライトを設けたこの箇所だろうか?

画像23


しかし繊細な北欧の光と違って、ここはアメリカ。特にゲーリーは太陽の眩しいカリフォルニアを拠点としていることもあってか、壁を透明ガラスのファサードとして、光をそのまま取り入れている。これは珍しい手法ではない。アアルトの要素とは言えない。ではどこにアアルトの影響があるのだろう?(結局今に至るまで分からないままだ)

画像22


図書館前には、建物に負けず劣らずインパクトのあるオブジェがあった。これは図書館ができる前から、キャンパスアートとして設置されているものである。
現代アートファンならお分かりになるだろう。彫刻家リチャード・セラによる作品だ。タイトルはThe Hedgehog and the Fox(ハリモグラとキツネ)。解説読んだが難解で分からん...。

画像23


余談だが、今回この記事を書くにあたって海外の資料も調べてみたが、竣工当時のワシントン・ポストのレビューでは、この建築についてボロクソに書かれていた。対照的に同時期にできたオンタリオ美術館のことは絶賛だった。
まあ言わんとすることは分かる。
ただそんなことより、コストとか新しいとか伝統的という観点以外から、建築家の作家性に踏み込んだ建築批評が一般紙にも掲載されるということが羨ましい文化であるとも思った。




ゲーリー建築


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?