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「ウェルビーイング ジャーニー 旅行記」 大自然のなかで地球の営みを感じる旅とは

夢のような時間だった。

朝の光が差すテラスで、優しさと温かさに包まれてテーブルを囲んでいた。
「美味しい」のひと言にたくさんの想いが込められ、感謝の気持ちで心が満たされていく。
感動を共有し合える仲間たちと、人や自然とのつながりの大切さ、本当の豊かさについて語り合う。どこまでも穏やかな時間が流れていた。

心と身体と社会がいい状態であること。
ウェルビーイングとは「肉体的」「精神的」「社会的」すべてに満たされた幸福な状態をいう。

「旅をしながらウェルビーイングを学ぶ、人とつながる」
それがウェルビーイング ジャーニーのコンセプトだ。

人が幸せを感じ、人生を自分らしく生きていると感じられるのはどんなときだろうか。

心かよう仲間がいて、夢や叶えたい想いを持ち、それぞれの良さを活かしながら尊重して認め合い、感謝の気持ちで満たされているときではないか。

旅をしながらその幸せを体感できる。
旅先で得たエッセンスを自分のものとして捉え、新たな行動を起こせるようになる。それがウェルビーイング ジャーニーの真髄だ。

「同じ経験と思い出を誰と共有できるか、そこからの学びや気づきが大切」
幸福学の研究者である前野マドカ氏はこう語る。

旅を通じてウェルビーイングの本質を学ぼう。

前野マドカ
EVOL株式会社代表取締役CEO、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属SDM研究所研究員、IPPA(国際ポジティブ心理学協会)会員。サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て現職。幸せを広めるワークショップ、コンサルティング、研修活動及びフレームワーク研究・事業展開、執筆活動を行なっている。

「ハグは自分と目の前の人を幸せにするコミュニケーション」
と語る日本ハグ協会会長の高木さと子氏。(写真 左)

土地の恵みに触れる旅

阿蘇山は世界最大級のカルデラ(火山活動でできた大型の凹地)をともなう大型の活火山で
今なお活発に活動を続けている。2016年4月に起きた熊本地震は記憶に新しい。
豊かな牧草地を維持するために一帯を焼き払う「野焼き」は阿蘇山の春の風物詩だ。
日本一広大な草原でのびのびと放牧される「あか牛」。無農薬の牧草を食べストレスなく健康に育つため余分な脂肪がつかず赤身本来の旨味が楽しめる。

私たちは旅をすることでその土地の文化や恵みに触れる。悠久の歴史や自然とつながり、新たな発見や心震える体験を通じて自分にとって大切なものと向き合ってきた。

「来ればわかる。わかる人には秒でわかる。」
今回の旅のアレンジャーはそう語り、私たちは熊本県南阿蘇村の地獄温泉をたずねた。

そこで目の当たりにしたのは大地のエネルギーと人々の営みの歴史だ。

”原点回帰”というラグジュアリー

江戸時代から200年つづく湯治場

旅と健康は一体である。ここ地獄温泉は、熊本を代表する名湯として知られ、200年以上も昔から湯治場として地元民を癒してきた。

温泉に滞在し、じっくりと自分自身に向き合い、心身を回復させる。

今回訪れた老舗旅館「青風荘」は、温泉ブームで観光地化した多くの温泉宿とは異なり、先代からつづく湯治場としての歴史をいまでも守りつづけている。

湯船の真下からボコボコと音を立てて温泉が湧いている。ボーリング(掘削してポンプで吸い上げる方法)をせずに自然に湧き上がる貴重な源泉は活火山地帯ならでは。源泉の温度は93℃と高温だ。
青風荘の名物「すずめの湯」。熊本震災後の土石流災害から奇跡的に逃れ、滾々と湧きつづける湯は地獄温泉復興に挑む人々の心の支えとなった。
「湯が湧くところに人々は集まりそこでは皆平等である」江戸時代に奉行所から申し付けられた入浴の掟を守りつづけている。

大地からのライジングエナジー

青風荘の名物「すずめの湯」に浸かってみる。
泉質は”強酸性硫黄温泉”。酸性泉と硫黄泉の効能を持ち、源泉そのものに入れる新鮮さゆえに温泉の持つ還元力が非常に高いありがたい温泉だ。

湯に入るとまず剥き出しの大地のエネルギーに圧倒される。
温度は44℃と確かに熱めなのだが、それだけでは説明できない何かがある。

「地震!?」

急に下から突き上げられる振動を感じ、緊張で身体がこわばる。
地震ではない。湧き続ける源泉のエネルギーで湯船が揺さぶられているのだ。

温泉を媒介にして大地の鼓動が体に響く。自分は地球の一部なのだと感じて心が温かく湧いてくる。

「湯が湧くところに人々は集まりそこでは皆平等である」
青風荘には、江戸末期の文化5年に奉行所より申し付けられた入浴の掟が掲げられている。

湯治はひとりよがりではできない。ここ地獄温泉では、身体の痛みや心の痛みを持つ方が、優しさに包まれてひと息つける場所であることを大切にしている。

訪れるだけでウェルビーイングになる場所には、その土地の魅力に加え、思いやりにあふれた人々の心を感じることができる。旅の感動を素晴らしい人と共有できれば、その旅は素晴らしいものになるはずだ。

同じ湯につかれば自然と距離が縮み心が通じ合う。
熊本藩の武士も湯のなかでは裃(かみしも)を脱いで互いに心通わせたに違いない。

シェフの想いと対峙する時間

青風荘では、地域の生産者がこだわり抜いた旬の食材を楽しめる。

ホストから語られる地産地消の物語に耳を傾けることで、土地や生産者とのつながりを感じることができる。心を込めて丁寧につくられた料理は食べる人の心を豊かにしてくれる。

「目の前のことに全力で感動することは幸福にとってとても重要な要素」と前野マドカ氏は言う。

土地で育まれた恵みへの感謝、シェフの想いが込められた料理の数々。心震えるたびに感性が研ぎ澄まされていく。

ここで提供されるものには、すべてに愛情と伝えたいストーリーがある。

お米は伝統的なカマド炊きで備長炭とともに丁寧に炊かれている。
ひと粒ひと粒が均一に保水膜に覆われ旨みを逃がさない。(写真はオーナーシェフの河津 誠さん)
青風荘の寒い季節の名物料理「猪鍋(ししなべ)」。この味を求めて訪れる常連客が後を絶たない。
猪鍋用に開発された麦味噌。長期熟成が持つまろやかさの中にキレがあり、昆布だしで炊かれた具材にこの味噌を加えると食材の甘みがより一層引き出される。
伝統的な罠猟で阿蘇の猟師が捕らえた天然の猪肉。丁寧に処理が施され野生味あふれながらも繊細な味わい。
新鮮なイワナのお造りは身に弾力があり淡白で上品な味が楽しめる。
「ウチは朝食にいちばん力を入れているんです。」炭火で炙る魚や海苔の香りが食欲をそそる。多様な小鉢、新鮮な果物と野菜を使ったスムージーなど朝から目移りする料理が並ぶ。
朝食の締めにオーナーシェフがフレンチトーストを目の前で焼いてくれる。溶かしバターを丁寧に馴染ませた弾力のあるパンは蜂蜜とオリーブオイルを受け止めそれぞれの風味を引き立て合う。


地震による壊滅的な被害

2016年4月、最大震度7の地震が熊本を襲った。

地震後に降り続いた大雨によって南阿蘇村に大規模な土石流が発生。
温泉地区のみならず、居住地区全体が大きな被害を受けた。

140年の歴史を守ってきた老舗旅館は明治中期に建てられた歴史的な二階建て木造建築の本館から食堂、内湯に至るまで床上30センチまで土砂にまみれた。

被災直後の貴重な映像。三兄弟で先代から受け継いだ旅館の復興に挑んだ。
左から河津進さん(三男)、謙二さん(次男)、誠さん(長男)

「こちらは被災者だから、助けてもらえるのが当たり前だと思っていた。」被災当初は、復興への意欲と被害者意識の感情が渦巻いていた。

旅館を再建させようと、補助金の申請のために事業計画づくりや建設業者探しに走り回った。

しかし、当時は東日本大震災からの復興と東京五輪で建設資材や人件費が高騰。辞退する建設業者が後を絶たなかった。追い打ちをかけるように、再建を諦めたいと申し出る同業者が続出した。

復興したい想いとあきらめとの葛藤で何度も決意がゆれた。

そんななか、河津兄弟を突き動かしたのは、地獄温泉の歴史をつないできたご先祖の想いだった。

「ある日、地震で倒壊した建物の下に、むき出しになった石垣の水路を発見したんです。明治時代に湯治場を整備するために人力で作られたものでした。重機もない時代に何年もかけて湯治場を守ろうとするご先祖の姿が目に浮かんだとき、ご先祖がつないできた湯治場を守るのが私の使命だと感じたんです。」

ご先祖と河津兄弟の魂(たましい)がつながった瞬間だった。
それ以来、湯治場として再建させる道に迷いはなくなった。

100年後も湯治場でありつづけるために

湯治場として再建させると心を決めてから、余計なものを削ぎ落とし、土地の恵みを活かすことだけを考えた。

「コンサルタントからは、インバウンド需要を取り込むために海外富裕層向け観光旅館としての事業プランを提案されましたが、どれもしっくりとしませんでした。」

土地の恵みは天から与えられたもの。ご先祖が阿蘇の恵みを守ってくれていたことに震災によって気づけた。これからは与えられたものを活かしたい。目先の利益ではなく100年続く豊かさを目指した。

河津兄弟の想いが実を結び、「青風荘」は2021年4月に本格的に再スタートした。

代表の誠さんに次の展望について聞いてみた。
「ご先祖が守ってきた阿蘇の土地の恵みと、多くの方の支えがあって再建することができましたので、今回の復興から得られたものを他の被災地の方にも伝えたいですね。」と話していただいた。

青風荘は河津兄弟のご家族を中心に営まれ、後を継ぐお子さん方は全国各地で修行に励んでいるのだという。

阿蘇の魅力は、湯治場を守る人々の想いとともに連綿と続いていくだろう。


離れタイプの客室。大きくとられた窓からは四季折々で表情を変える景色を楽しめる。専用の半露天風呂から外輪山に沈む夕日を眺めながら心豊かに流れる時間を感じることができる。
長期滞在に向くコンドミニアムはキッチン付で自炊も可能。図書館のように蔵書が並び、ゆっくりと湯治の時間を楽しめる。


湯治場を守ってきたご先祖の想い、河津兄弟の復興にかける想い、訪れる方へ伝えたい想いには、阿蘇の土地への感謝があふれている。

その想いがともに旅をした仲間のなかで共鳴し、新しい感動がはじまる予感がする。

「次に誰を連れて行きたいか」が浮かぶ旅だった。

感動を共有していただいた素晴らしい方々との出会いに感謝して。

DATA  地獄温泉青風荘
〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2327
TEL:0967-67-0005
FAX:0967-65-8445
(電話予約受付時間)10:00~17:00

(編集・執筆 高橋 宏明)


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