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ナショナリズムとパトリオティズム【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 これまでの話を統合すると、右派的な考え方や価値観(愛国主義や排外主義)は、平時には社会資本の腐食を防いだり、自民族の結束力を高めたりするような働きがあるだけでなく、移民やテロ、感染症、他国の軍事的脅威に直面したときのような非常時には「自集団を守るための免疫」として働きます。この働きが排外主義や軍拡主義となってこれらの対外的な脅威に対抗しようとするのです。このような心理的反応は悪意ある対象に対しては有益ですが、そうでない対象に対して向けられた場合にはアレルギー反応のように有害なものとなります。外集団を排斥することで衰退した例としては、ユダヤ人の排斥が有名で、反ユダヤ主義は、これまでも長期的には反ユダヤ主義自体に損害をもたらしてきました。
 スペインの国王フェナンドと女王イサベルは、1492年にスペインからユダヤ人を追放しましたが、当時のユダヤ人は、この国の商人カーストでも重要な役割を担っていました。イベリア半島の再征服(レコンキスタ)と帝国建設を成し遂げたスペインは、「太陽の沈まない国」として、次世紀には頂点に立ちます。しかし、ユダヤ人追放の結果も部分的に影響して、無敵艦隊の壊滅や敗戦によってヨーロッパの覇権を失い、急速に凋落していきました。国民は低迷する経済に苦しみ、この状態が最近まで続いています。世界金融危機 (2007年~2010年)において金融・財政部門の改善が自国の力のみでは達成出来ない可能性のあるヨーロッパの国を頭文字を取って「PIIGS」と表現していましたが、それにはもちろんスペインのSが含まれています。一方、追放されたユダヤ人の多くは、オランダなどで経済的な成功を遂げました。そして、その子孫たちが後押ししたオランダは黄金時代を迎え、スペインから覇権の座を奪い取ることになります。
 第2次世界大戦中のドイツでも、ナチスによる人種差別政策でヨーロッパ中の優秀なユダヤ系科学者が軒並みアメリカへと移り住みました。そして、彼らが国家の軍事力を支える技術革命を実現し、原子爆弾などの開発を成功させることになります。ヒトラー政権の迫害を逃れてヨーロッパを出ていった科学者リストには、「水爆の父」の異名をとるエドワード・テラー、航空機設計の天才テオドール・フォン・カルマン、20世紀を代表する数学者の一人、ジョン・フォン・ノイマン、原子核の連鎖反応の考案者レオ・シラード、最初の実験原子炉を作り出したエンリコ・フェルミ、ノーベル物理学賞受賞者のハンス・ベーテ、ユージン・ウィグナー、オットー・シュテルン、アルバート・アインシュタインなど錚々たる面々が名前を連ねています。
 19世紀末のロシアでも、皇帝や地方政府の奨励策の下、ユダヤ人排斥運動が開始されました。こうした運動も一因となって、やがてロシアは混迷に陥りロシア革命が勃発することで、ソビエト連邦が樹立されます。一方、ユダヤ人の多くは、アメリカの移民となって、経済、社会、学問、政治等々の分野で成功を収めることになります。その後、この二つの大国は冷戦によって争うことになりますが、どちらが勝ったかは皆さんご存知のとおりです。
 このように社会にとって有益な人々に対しても排外主義を発動すると、結局長期的には自分たちの首を締めることになります。また、愛国心が自民族中心主義、差別、歴史・事実の歪曲による自国の正当化、オリンピックやワールドカップでの不正行為、自国のものを押し売りしたり贔屓するバイアス、自国の利益のみを追求した環境破壊などの問題を引き起こすこともあります。

 愛国主義は確かに、このような自民族中心主義や排外主義と結びつくこともありますが、自分の故郷や伝統文化を愛する感情とも深く結びついています。英語では、このような「自分の生まれた場所に対する愛情や忠誠心」「自国の伝統に対する誇り」のことを「パトリオティズム」と呼んで、「ナショナリズム」と区別しています。これは日本語の「郷土愛」に近い意味のもので、共同体の利益を最優先するナショナリズムとは別物です。右派の考え方はこのパトリオティズムも含んでおり、これは文化多元主義を重んじるグローバル社会でも歓迎されるものです。なぜならこれは、自国の伝統文化や文化財を大切に保存したり、復興すること、自国固有の動植物を保全することの原動力にもなるからです。
 ただ、日本人には、こういったパトリオティズムが不足しているとアメリカの東洋文化研究者、アレックス・カーは指摘しています。彼の著書『ニッポン景観論』(集英社新書)では、日本人が伝統的で統一感のある町並みや景観を保つことができていないことが様々な角度から明示されています。

 日本人がパトリオティズムの感情をしっかりと保持し、故郷の景観や伝統に誇りを持っているのならば、京都の名所旧跡周辺の路上に醜悪な電柱と電線が張り巡らされているような状態にはならないというのです。
 つまり、右派=ナショナリズムではなく、それには「パトリオティズム」も含まれており、他文化を認めつつも欧米化に流されず文化的個性やアイデンティティを保持するという好ましい側面もあるということです。

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