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「結」 ー Phase 3 ー Uzumakism

ナギと名付けた港を出て、大陸を目指して航海に出た。とても穏やかな波の上を滑るように船は進んで行く。帆を大きく張り、風を統べる神さま頼りで航海を続ける。出港した事を後悔しそうなくらいに冬の夜風が一番冷たくなる頃、綺麗な海に辿り付いた。ここは、ななつの海の一つ、静かな海。
美しい海なので「美海メーハイ」と名付けよう。だけどこの海は時々荒れる。しっかりと舵を握らないと船員の命が全部持っていかれるのだ。

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私は中国人と聞くと妙に興味が湧く。私の妹が中国が好きな事や義弟が中国人だと言う事が関係あるのだろう。義弟は初めて出会った時から良い意味で何も変わらない。年を重ねてもいつまでも好青年だ。
聡明さを内に秘めつつも時々抜けている天然キャラがとても愛らしい印象を与える人物だ。
義弟や妹が出会った中国の人々のお陰で“中国”や“中国人”に対するイメージが刷新された事は感謝しても感謝しきれない。
だから、悪い事を企んでいる“中国人”を見つけると頼むから止めてくれと言いたくなる。これはもちろん“日本人”にも言える事だ。

「差別はダメだ」とみんな言うけれど、無意識に人は他人の背景にある“国“なり“所属“なりを見ている。だから、自分が与えたイメージが無関係の人にまで影響を与える事を我々は忘れてはならない。
動物達や大自然もまた“人間”に所属する私たちを鋭い眼差しで見ている。

この三宮の夜の街を根城にする虎のような中国人は特に興味深い。商魂逞しい様は南京町で声を掛けて来る商人の比ではない。
彼女らが猛獣の如く闇に紛れて狩りをする理由を私は知っている。
夜の街で働くための“設定“の可能性もあるだろうが「国に子供や年老いた親」がいると言う事情を、みんな同じ判子を押したみたいに持っている。

そんな事情を聞いていると「寒い〜、お兄さんお店入ろう」と声を掛けて来る娘たちを無下むげに遇らう事が出来ず、無碍むげな“むしょく“は大して入っていない財布から小銭を出して「今日は金ない。缶コーヒーくらいなら奢ったる」と言って自販機に蛾のように鱗粉をかけにヒラヒラと飛んで行ってしまうのだ。

最初に声を掛けた娘が「優しい!お姉さんたちの分も奢って!」と言うや否や“姉妹”がワラワラと自販機に飛んで来る。私は「お前ら何人姉妹やねん」と苦笑いを浮かべながら、ちっとも上達しないカリキュラムが組まれている即席の中国語教室のレッスンを少しそこで受ける。授業料の支払いを済ますと私の財布は僅かに軽くなる。


さて、前回の話の続きをしよう。
テネシー州出身のジャック・ダニエル氏のための特別レッスンの様子を見ようじゃないか。

「エエことがある」と思い込んでワクワクしているジャック・ダニエルと、「エエことが起きる」とニヤニヤしながら付いて行く私を、三宮のセイレーンシーちゃんが水先案内する。私はジャックの船が座礁して後悔する事を知りながら、マストの上の見張り台から深淵を覗き込んでいる。そんな私たちを夜空の上からニーチェがニタニタしながら観察しているのは間違いない。
「ここでは財布は出さない」と固く自分に誓って、さっき道端で知り合ったばかりのテネシー州からやって来たおっさんと連れ立って、シーちゃんが開く扉を潜った。

「いらっしゃいませー」と獲物を待っていた虎たちが‘狐‘撫ねこなで声を出す。

ガールズ・バーやスナックのシステムについて存じ上げない紳士・淑女のためにここで軽く説明しよう。至って仕組みは簡単だ。
カラオケのように「1時間あたり〇〇円」ってな感じでチャージ料と呼ばれる基本料金の支払い義務が入店時に発生する。さらに「女の子に飲ませたら1杯〇〇円」と追加でお金を払う。大概の店は客本人に関しては飲み放題のシステムを採用している。酔わせて面白い事をしたければ財布がどんどん薄くなる、と言う実に馬鹿げて下品なシステムだ。こんな店はこの世からとっとと無くなればイイと心底思いながら、私は楽しく通っている。

中国人のお店は前金制だ。お店に入って席に着くと店員が「前金で払って」としつこく金を求めてくる。客が財布を開いたその一瞬に獲物の懐具合がチェックされるのだ。これがニーハオ・システムの一つ「明朗会計」だ。

だけど、今宵の私は自分の懐具合は確認する必要はない。本日のお会計はジャック持ちだからだ。店の入り口を潜ってすぐのカウンター席で、ジャックがシーちゃんと“なんやかんや”やってる間、私は奥のソファー席へ移動して宜しくやる事にする。お歌も上手な美人の“美海メーハイ”を見つけたからだ。

「よう、美海メーハイ。探したで、お前こんなとこおったんか?」
何だか分からないがブスくれた美人の顔を覗き込みながら話しかける。
私がこの娘と会うのはこれで三回目だ。

話を聞けば機嫌が悪いのはどうやら私の所為らしい。
最初の出会いの時にちょっとした誤解があって、私が途中で美海メーハイをほっぽり出して、別のお店へ行ったのが気に食わなかったみたいだ。
私視点では、美海メーハイが突然消えた事になっていたのだが、彼女曰くどうやら逆らしい。この失踪事件の前に、ここで書くのは紳士的ではない素敵なやり取りがあった事は省かせて頂こう。

二回目の再会時に「おい、美海メーハイ!」と声をかけた時に私を無視した挙句、「私美海メーハイじゃない!」と否定した意味がここで漸く分かった。彼女の話が正しいのなら「あの日、私が突然消えた」事に腹を立てていたからその様な対応をしたみたいだ。しかも、その日は彼女の隣でこれ見よがしに“ななちゃん”の足裏マッサージをゴリゴリやってたからヤキモチを妬いたと主張するのだ。

私に言わせれば、名前を呼んでも無視するし、他の客と仲良くしてるのでこっちも負けじと見せ付けてやっただけなのだ。
急須とハーブの小瓶を数種類、自分の鞄から取り出してバーでハーブティーを振る舞いながら、“ななちゃん”の足裏マッサージをする奇妙な客を美海メーハイが気にならない訳がない。良い具合で彼女の記憶に焼き付いたし、ヤキモチを妬かせられたようだ。いや、焼き餃子か。

ま、ヤキモチを妬いたと言うのは夜の街の人々のリップサービスに違いないが。

事情を説明してお互いに見解の齟齬があったと理解し合ったと見て取ると「ハイ、もう終わり。仲直り。もうイイでしょ?」と相変わらずプンスカしながら言う美海メーハイを、何だか‘猫‘きつねに摘ままれた気分で眺めながら「分かった、分かった。もう怒んなや」と諭して、私は楽しい時間を過ごすために気分を一新する事にした。これがニーハオ・システムに組み込まれた哀れなおっさんの末路である。

カウンター席では高い授業料を払う事になるであろうジャックが、シーちゃんから悲しいレッスンを受けている。彼は今日限りのお試しレッスンを受けたら、明日には日本から出国する。流石に三宮から台湾まではチャイニーズ・ネットワークの魔手も届かないだろう。台湾に着けば、彼もきっと上手くやって行けるだろう。幸せな生活が待っている事を心からお祈りする。

シーちゃんと幸せそうな時間を過ごすジャックを後目にソファーに埋もれながら、私は中国美人にお願いする。「何か中国語の歌唄ってや」
しかし「私は日本語の歌唄いたい!」と夜の歌姫がリクエストを拒否するので「分かったよ、好きな歌唄い」とコンサートの開幕を促した。

さて、今日は“猫”と“狐”が文章の中で“化かし合い”をしてしまったみたいだ。
大丈夫、こんな事もあるだろうとすぐに捕まえられる様に、2匹の獣に‘耳飾り‘を‘目印‘として付けている。

狐のエキノコックスに気をつけて、幸運のネコを是非捕まえて欲しい。
獣達の“化かし合い”を見事に見抜けたみんなには…

「エエことがある。エエことが起きるんや」

Phase 4 へ続く ▶︎▶︎▶︎

◀︎◀︎◀︎  Phase 2 はこちら

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私の伯父「山内秀德」の遺作を投稿しています。是非ご覧ください。

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