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「結」 ー Phase 4 ー Uzumakism

突然の嵐が襲って来た。静かだったセイレーンが竪琴を奏で、歌を唄い始めたのだ。
ななつの歌声がそこら中に響き渡る。
美海メーハイが真っ黒の波を次から次に生み出して、我々一向に襲い掛かる。私たちはこの海で藻屑となってしまうのだろうか…。
船員は甲板上を右往左往して、それぞれの役目を果たそうと必死になった。
少し遠くに光が見える。雲から太陽が放つ光が天国へ導く階段のようだ。
まだ、死ねない。人間ににゃったばかりにゃんだから。
ニャ?
今ここにいるこれは私か吾輩か?

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何曲か歌って疲れた美海メーハイはマイクをテーブルに置いた。
暫く二人でたわいの無い話をしていると苛烈な性格なのか母国語以外で喋るからなのかは知らないが、彼女の物言いが実にキツイ言葉遣いになって行く。
そんなだから喋っている内にこちらまで厳つい関西弁で捲し立てる羽目になる。そうすると「何でそんな怒る!」と頬を膨らますので「怒っとらんわ!お前が怒ってるんやんけ!」と私も声を張り上げてしまう。お互いに怒ってばかりだ。

散々言い合った後「分かった分かった、もう怒らんから許してや」と私の方が何故か折れてしまった。「良いでしょ?言いたいだけ言い合って仲直り出来るんだから、喧嘩するだけ仲良いって事。そうでしょ?」などと神戸の真ん中で中国人に日本語で諭されていたら、一体自分は本当に日本人なのか、ここがどこの国なのか訳が分からなくなってくる。

散々吠えた所為か「私疲れた。マッサージして」と美海メーハイが要求して来たので、私は彼女の靴と靴下を引っぺがしてゴリゴリと足裏マッサージを始めた。
前回、ななちゃんが揉み解されて気持ち良さそうにしているのを見て相当気になっていたらしい。雌虎の後肢の肉球をこれでもかと強く押し込むと「アー…」と低い唸り声を上げながら飼い猫みたいに大人しくなった。暫くぷにぷにを刺激し続けると「あなた、マッサージ上手ね!次は肩揉んで!」と更なる要求が入る。
「何で金払ってマッサージしてんねん。エエ商売しとんな、お前らは」と冗談めかして言う私に向かって「ななちゃんにもやってたでしょ!」と睨みを効かせて威嚇して来る。

ソファに並んで座る体勢だと、どうも肩を揉むのがし難いので「そこに寝ろ」と命令して手で空を撫でた。まるでサーカスの獣使いの気分だ。さっきまで吠え声を上げていた猛獣が私の指図に文句も言わずに従う。
ソファに顔を埋めながら、きっとブサイクな具合になっている口から彼女は「乗って良いから」と背中に乗る事を許可する御達しを告げ、自身の背中をポンポンと器用に前脚で叩いて見せた。私は馬に跨る時と同じ要領で美人の上に乗っかると全体重を使って仕事に取り掛かった。そうすると、ますます牙が抜けてすっかり獣らしさが抜けて行く。声にもならない声で快感を訴え始めた。

そこへ邪魔が入る。アメリカンポリスである。
「ちょっっぉと、貴方何やってる!捕まるよ!」
私が夜のお店を上手に楽しんでいる事に嫉妬したのか、カウンター席を離れてジャックが取り締まりにやって来たのだ。警察24時で見る内定調査のシーンみたいだ。しかし、私は凶器を忍ばせている。不器用なテネシー州出身者に舌を納めた銃口を向けて荒野のガンマンよろしく小気味良く言弾ことだまをぶっ放す。

「Get out! This is Chinese style! (あっち行け!これは中国式だ!)」酒が良い感じで回っているので、「ゲットアウト」の発音も良い感じで舌を巻きながら「ゲラーゥッ」と吐き出された。 
私の放った弾丸に脳天を打ち抜かれたおっさんは「あなた頭可笑しいよ」とか何とか言いながら、シーちゃんに腕を引っ張られてカウンターの方へと退散して行った。

何か私が法に触れる事をしていると彼は“誤解”しているのだ。
風営法の細かい規定によりソファ席の有無、お触りの有無、路上での客引きの有無、など可能な営業スタイルが変わるのだ、と私も“港のナギ“で聞いたことがある。彼もどこかでそう言う情報を仕入れていたのかもしれない。こう言うBARではそんな事はしちゃいけないと。

だけど、これは何の問題もないのだ。たまたま夜の街を彷徨ってたら、たまたま仲の良いお友達とばったりお店で相席になって、たまたまマッサージをする事になった。ただそれだけなのだ。実際彼女はこの店に所属してないのだ。流浪の一匹狼、いや虎なのだ。今まで彼女と遭遇したのは3店舗。だから彼女が一体何者なのか実際の所は私にも良く分からない。

1時間が過ぎるとママから延長の有無を聞かれたが答えはNoだ。
だけどジャックはシーちゃんとのお楽しみが足りなかったと見えて「もう一件行こう」と私を誘って来た。結局、ジャックと私にシーちゃんと美海メーハイが付いて来て四人で2軒目へ向かう事になる。

これが二つ目のニーハオ・システム「朋友同伴パンヨートンパン」である。

次は何が起こるのだろうとワクワクしながら異邦人はニヤついている。宵は明けたが酔いは深まっている私達一向は千鳥足で次なる店に到着した。ここでジャックは自分が激昂する事になるとは露とも知らない。

記憶が曖昧だが確かここの店には、ななちゃんが居たはずだ。シーちゃんが入口のドアノブを引っ張るが開かない。こんな朝早くに飲み屋が開いてる訳ないのだ。

「ちょっと待って」と言って、彼女は携帯電話を取り出した。どうやらママに連絡するつもりらしい。暫く中国語でやり取りした後「ママ来るって」と私へ告げる。状況が良く分かっていないジャックはキョロキョロしている。

ほんの少し待っているとママがやって来た。客が来ると分かると電光石火の勢いで現れるママは屋上にでも住んでいるのだろうか。ガチャガチャと忙しなく店のドアの鍵穴をほじくって解錠するとドアの向こう側へ“朋友御一行”を招き入れた。

カウンターに四人が座るとママからジャックに「先払い」が要求された。
やはり、こうでなくちゃ中国式とは言えない。そして料金を告げられたジャックが「Why Chinese people!!」と思ったかどうかは知らないが、あのお笑い芸人の様に大声で料金に対するクレームをほざき出した。

私にはこうなる事は分かっていた。さっきの店の2倍の料金を請求されて驚かない訳がない。
四人分のチャージ料金を求められて、ジャックは目ん玉が飛び出して零れ落ちるのを抑えながら怒りをぶち撒け出した。ここでは彼女たちも“お客“なのだ。だからチャージ料金が発生する。それを聞いて彼は発狂してしまった。

私は丁寧に彼の母国語で伝えた。「落ち着けよ。早く今日は家に帰るべきだ。今夜は良い勉強になったな」と。
シーちゃんに諭されながら、ギャーギャーと喚き散らして店を出て行くアメリカ人に、私は中国と台湾の外交問題に発展しかねないアドバイスを英語で教えて上げた。「台湾人の彼女が欲しい」と言っていたジャックの夢が叶う事を心から願いつつ一夜限りの日米同盟は決裂した。


神戸三宮の中国人の夜の店に限らないのかもしれないが、彼・彼女らのお店の人々はしっかりと“繋がって“いる。自分の店の客を知人や友人の店へ梯子させるのだ。

これがニーハオ・システムの要、「中国商網(チャイニーズ・ネットワーク)」だ。
この商魂の逞しさは少しは日本人も見習わなくてはならない。ただしもう少しだけ日本人らしいスタイルに“カイゼン“する余地はある。

中国の人々のやり方は生き馬の目だけじゃなく心臓まで抜き取ってしまうのでリピーターが中々いないのだ。こんな調子でやってると中国商網が中国消耗になってしまう。重ねて言うが私は中国の文化や歴史に興味もあるし好きなのだが、こう言う悪い“中国”を見ると悲しくなるのだ。

そうして自分たちでも悪い事をしていると認識があるのか、歳を取るにつれ三宮の夜職の中国娘たちは、決まって「簡体字を使う自称台湾人」と言う奇妙な存在に姿を変えて行く。

そう言う“おばさん”が地下室のBARで振る舞う焼き餃子が母のそれに少し似て美味いのがとても悲しいのだ。
胸を張って、天津人とか福建人、青島人だの上海人、あるいは台湾人と言って暮らして欲しい。結局それが中国人、と言うより地球人だからだ。自分に嘘偽りを持って生きれば必ずしっぺ返しがやって来る。そして死ぬまでそれに怯える事になるのだ。

シーちゃんとジャックが店を去った後、私は美海メーハイと静かに盃を交わす。ママも空のグラスを持って来て侑觴ゆうしょうを求めるが「あかん、美海メーハイだけや」と静止すると下唇を可愛く突き出してしょんぼりとした様子を見せた。自慢させて貰うが、私は“優しい人“とよく言われるが、財布にも優しいのだ。

暫くするとママに呼び出されたのか、早朝に私のお気に入り“ななちゃん”も現れた。商売上手な女将だ。結局、ななちゃんと美海メーハイだけに飲ます訳にも行かず、「一杯だけな」とママにも酒を振舞った。もう飲めそうもないのでコンビニで買って来たカップラーメンを食べて時間を潰す。

1時間くらいした頃にななちゃんが帰ると言うので「態々来てくれてありがとうな」とこっそりチップを渡したら、それを目敏く見抜いていた美海メーハイが「私の面子が潰れた。もう一杯飲ませて」と焼き餃子を作る。全くもって今日は財布に優しくない一日だ。
そうして良い時間になった頃、おにぎりをお土産に置いてママに別れを告げて私は美人な朋友パンヤオと外へ出た。


私たちが天国から下界へ降りると階段の下でシーちゃんとジャックが“わちゃわちゃ”やっていた。1時間以上そうやっていたのだろう。「まだ、やってのんかい」と内心思いながら「早よ家帰りやー」と声を掛けて私は美人の後ろを追って行く。

自分の愛車の前までやって来た美海メーハイが自転車の鍵を私に渡して「開けて」と言う。酔っ払った頭で一生懸命に「ロックどこにあんねん」と文句言いながら鍵穴を探していると、飽きれた感じで彼女が「そこ!ああ、開けたら鍵抜かなくてイイ!」と一喝して来る。

「後ろ乗る?」と自転車の二人乗りを促されたが「アホか酔っ払ってるのに」とお断りした。彼女の故郷ではそれが許されているのかどうか分からないが、ここは日本なのでそもそも二人乗りも酔っ払い運転も御法度だ。
「俺が押して行ったるわ」とジャパニーズ・スタイルを提案して、一駅分自転車を押しながら二人で帰る事にした。

道中、私は喉が渇いていたので少し美海メーハイを待たせて自販機で缶コーヒーを買った。
飲み干した私がゴミ箱を探していると「その辺に捨てたら良い」ととんでも無い発言をするので「あかん。そんな事するから街が汚くなるねん。ここは日本や。ちゃんとゴミ箱に入れなダメや」と教育的指導を彼女にする。これぞ日中友好だ。
彼女に私の気持ちが伝わったかは分からない。彼女がちょっとでも“良い中国人”であって欲しいと切に願う。それは彼女の国にいる家族のためでもあるからだ。

彼女の家の近辺にあるファミリーレストランまでやって来たら唐突にお別れを告げられた。「ついて来ないでよ。家がバレたらストーカーされる」と笑いながら言う。「また一緒に飲もう。デートにランチでもしよう」と妙な提案をしてくるので「連絡先も知らんのに遊ばれへんわ」と答えると携帯電話を取り出して連絡先を教えてくれた。

「私もうすぐ店オープンするから今度応援して」としっかり宣伝をする彼女の口元を見ながら「まんまとやられたな」と酒の残りカスが漂う脳内で考えを巡らせた。
下り坂を降りて行く美海メーハイに手を振りながら私も家路へ着いた。いつものように三宮から須磨まで歩いて帰る。落ちている空き缶を拾ってはゴミ箱へ入れる。そして、ポイ捨てした奴は死ねば良いのにと考えそうになるのを押し殺して、心の中で呟く「この空き缶をポイ捨てした“悪いヤツ”、お前にも“エエこと”がある」

偽善者でも良い。嫌いな奴の幸せも少しだけ願ってやるのだ。
そうやってゆっくりと考え事をしながら歩き続ける。酔いを覚ましながら…。

やたらと夜職の中国の娘たちが「明朗会計」と言って先払いを求めるものだから、初めて美海メーハイに会った日に私は「“明朗会計”って中国語で何て言うんや?」と聞いた。
彼女はニヤニヤしながら「現金シェンチン」とだけ答えた。

まぁ、そう言う事だ。もう私は彼女達の店に行く事はないだろう。
これ以上何も学びはないのだ。十分ヒントを得られたのだ。

これ以上首を突っ込めば、以前地下の中国式BARで出会った「一千万円の住宅ローンがあるねん」と笑いながら言っていた酔いどれの“なおとさん”みたいになりかねない。彼は「分かった上で中国人とは遊ばなあかんで」なんて言っていたが、彼自身はどうなのか。
出勤する人々が行き交う朝の路上で無職の彼が奢ってくれた缶ビールを一緒に飲みながら「なおとさんアルコール依存症ちゃうか?本当に悩んでいるなら病院に行きや」とアドバイスした事を思い出す。少し俯き加減に奥さんに想いを馳せながら地面に曇った顔を向けていた彼は今頃どうしているだろう?


ニーハオ・システムはお酒に溺れた人を死ぬ迄食い尽くすケルベロスの様な三つ首の虎なのだろう。虎を手懐ける自信か、酒をたしなめ自身をたしなめられる人にしか「中国商網」へ入って行く無謀はお勧めしない。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」などと言うが本当に必要な虎子か考えないと「竜の髭を撫で虎の尾を踏む」事になるのだ。

だが、「日本商網」を構築するために、私はもう少し夜の海を時々航海しなければいけない。そうして夜の“港のナギ”に寄る。ここの“虎子”をどうにかしないと私の夢が儚いものとして終わるのだ。波に酔ったのか酒に酔ったのかあやふやな頭で歩きながら想いを巡らす。

一日が始まろうとする朝の道を“仕事へ向かう人々“に逆行しながら長田の商店街を歩いて我が家へ一歩ずつ近づいて行く。
暫く歩くと「MUSUBINA  KITCHEN」のシャッターが開いているのが目に入った。

「猫はどうした」って?
残念、少し飲み過ぎてコタツで眠ってしまったらしい。
だから、今回はサービスだ。
全部読んでくれたみんなに幸運のネコの鳴き声を聴かせよう。

「エエことがある。エエことが起きるんや」

Phase 5 へ続く ▶︎▶︎▶︎

◀︎◀︎◀︎  Phase 3 はこちら

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「MUSUBINA KITCHEN」
〒653-0811 兵庫県神戸市長田区大塚町4丁目1−11
https://www.instagram.com/musubina_kitchen/

hidenori.yamauchi
https://www.instagram.com/hidenori.yamauchi/
私の伯父「山内秀德」の遺作を投稿しています。是非ご覧ください。

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