【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第一章「小猿米焼く」 中編 12
蘇我蝦夷は、父の墓をそれほど大きなものにしようとは考えていなかった。
だが境部摩理勢の
「国の重鎮じゃ。蘇我家を挙げて、大王に勝るほどの墓にすべし」
との鶴の一声で、各地の蘇我氏から人員が集められ、大規模な工事となってしまった。
事の発端である摩理勢は、毎日のようにその進捗状況を見に来ては、なかなか立派な墓になるわい、ついでに、ワシの墓も作ろうかなどと不埒なことを考えてはにやにやとしていた。
しかしこの日、同じく進捗状況を確認に来ていた蘇我倉摩呂から、重臣が後継者問題で蘇我本家に集ったと聞いて、墓の見学を取り止め、勇んで豊浦までやって来たのであった。
そして勢い良く部屋の戸を開け、開口一番こう言った。
「ワシを呼ばんとは、どういった了見じゃ!」
驚いたのは蝦夷だけではなかった。
蝦夷の前に座っていた二人の男も、驚いた顔で振り返った。
「おお、これは三国様と桜井殿」
二人は、三国王(みくにのおおきみ)と桜井和慈古臣(さくらいのわじこのおみ)であった。
「どういう了見とは、どういうことですか?」
「どういう了見とは、どういうことですか……ではないわ! なぜ後継者会議の場に、ワシを呼ばなかったのかと訊いておるのじゃ?」
「そのことですか。叔父上の意見は分かっておりますので、ご足労の必要もなかろうとの考えからです」
「馬鹿者! ワシがおったら、いまごろ山背様が大王になられたであろうに」
摩理勢は、床を激しく叩いた。
「我々も、その件で参ったのです」
三国王は、その摩理勢の様子に躊躇しながらも言った。
「おお、三国様も同じ意見ですか」
「いえ、我々の意見ではありません」
「と、言うと」
摩理勢は訊いた。
「我々は、山背様の使いです。」
「なに、山背様からだと? して、その内容は?」
摩理勢は体を乗り出した。
「宜しいですか?」
三国王は、蝦夷の同意を求めた。彼に、異論はない。
「では、山背様からのお言葉です。『先ごろの会議で、豊浦殿は田村皇子を大王としようとしていると私は聞いている。それ以来、立っても座っても考えるのだが、未だ納得がいかない。それが本当かどうか、豊浦殿の真意を明らかにして欲しい』とのことです」
蝦夷は唖然とした。
摩理勢は喜んだ。
「おお、山背様も、ついに大王となる決心を固められたか」
「ちょっとお待ちください。それは、真に山背様のお言葉なのですか?」
蝦夷は、三国王に詰め寄った。
「王のお言葉でなければ、誰のお言葉ですか?」
逆に、三国王が蝦夷に詰め寄る。
「いえ、それは……、まさか、叔父上、山背様に何か吹き込んだのではないでしょうね?」
今度は、蝦夷は摩理勢に詰め寄った。
「吹き込んだとはなんじゃ、人聞きの悪い! ワシは何もしとらんぞ」
「豊浦殿、真意は如何ほどに?」
三国王は、蝦夷に詰め寄った。
「しばらく、しばらく待たれたい。返事は、後ほど折って致しますゆえ。本日のところは、どうぞお引取りを……」
蝦夷は慌てた。
山背王のこの前の口振りでは、大王を望んではいないと思っていたのだが、見当違いか? それとも、急な心変わりか?
兎も角、先の会議については誤解があるようだから、これを解かなくては。
「大丈夫か、お前? 顔色が悪いぞ」
彼は、摩理勢の言葉も耳に入らなかった。
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