見出し画像

つれづれな草 ~ 何度読んでも迷羊(ストレイシープ)?

食欲の秋ということで、「さんま」を書きましたので、今日は読書の秋について。

「好きな小説家は誰ですか?」

と聞かれると、私は躊躇いなく、

「夏目漱石です」

と答えます(← すみません、単に最近の有名な作家さんの小説をあんまり読んでないだけなんですけどね(汗))。

「それでは、夏目漱石の作品で、一番好きな小説は?」

と聞かれれば、

「『三四郎』です」

と答えます。

私は、小説は一度読むと、二度と同じ本を読まない質ですが(ビジネス書等は何度も読み返しますが)、『三四郎』だけは何故か急に読み返したくなる中毒性があって、そのたびにページを捲っています。

といっても、1ページ目から読み返すのではなく、自分の好きな個所を何度も読み返すという感じです。

なぜ、好きなのか?

単純に「面白い」からです。

あらすじは、皆さんもご存知なので詳細は話しませんが、簡単にいうと、

―― 田舎者の小川三四郎が、東京に出てきて、近代化する都会や人々に右往左往していく姿とともに、里見美禰子との関係を絡めた恋愛小説 ―― です。

恋愛をベースに、無批判に近代化する明治への夏目漱石の批判が書き込まれているので、少しばかり難解なところがでてきますが、それを抜きにして考えれば、かなり面白い恋愛小説だと思います。

特にこの小川三四郎というのが、何というか自分によく似ていて……

田舎者で、優柔不断で、女性に対してどう接すればいいのかわ分からず、何が正しくて、何が間違いなのか、つねに迷っている……里見美禰子曰く、「迷羊(ストレイ・シープ)」な状態……

読んでいると、身につまされるものがあります。

男としては最低なんですけどね(笑)

もちろん、話自体も面白いのですが、私が『三四郎』で好きなのは、その文体です。

―― 三四郎と美禰子の二度目の出会いシーン(一度目は池のほとりで出会っています)

『二方は生垣(いけがき)で仕切ってある。四角な庭は十坪に足りない。三四郎はこの狭い囲いの中に立った池の女を見るやいなや、たちまち悟った。――花は必ず剪(き)って、瓶裏(へいり)にながむべきものである』

これだけで、まるで映画のようにその場面が浮かんできます。そして、最後の一文が蛇足にならず、この一文によって文全体が引き締まっています。

―― 風邪をひいた三四郎に、よし子(三四郎の郷里の先輩野々宮氏の妹)が蜜柑を食べさせるシーン

『女は青い葉の間から、果物(くだもの)を取り出した。渇(かわ)いた人は、香(か)にほとばしる甘い露を、したたかに飲んだ』

風邪をひいた三四郎を渇いた人と読ませるあたり、憎いです。この「渇き」には、喉の渇きもありますが、心の渇きもあるのではと思わせる一文です。

―― 美禰子との別れのシーン

『女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどのため息をかすかにもらした。やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。
「我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」
聞き取れないくらいな声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れた。下宿へ帰ったら母からの電報が来ていた。あけて見ると、いつ立つとある』

美禰子の「我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」という、暗に三四郎への告白とも受け止められるシーン。なのに、三四郎はそれに気がつかず別れてしまいます。そしてすぐさま母からの電報が差し込まれます。三四郎の思いはともかく、この一文で美禰子との関係は完全に終わったことが分かります。

―― ラストシーン

『三四郎はなんとも答えなかった。ただ口の中で迷羊(ストレイ・シープ)、迷羊(ストレイ・シープ)と繰り返した』

この小説のテーマが、ここに全て集約されているともいっても過言ではありません。読者に対し、もしかして続編があるのではないかという思いを抱かせながらも、最後にさりげなくテーマを差し込むあたりが、流石です。

私が最も好きなシーンを4ケ所あげましたが、『三四郎』にはこの他にもたくさん良いシーンがあります(私にとって、良いシーンとは、良い文体とイコールです)。

この一文を読みたいがために、何度も何度も読み返しているといっても過言ではありません(小説を書く勉強にもなりますしね)。

夏目漱石なんて古すぎるなんていう人がいますが、私からすれば、現代小説にも劣らない、いやそれ以上の文体であり、小説であり、作家だと思っています。

小説の勉強をしたいのなら、『三四郎』だけ読めばいいと思うのは、言いすぎでしょうか(すみません、多分言いすぎですね(汗))?

3連休 ―― 特別何もすることもなかったので、久々に『三四郎』を読み返してみましたが、その文体に惚れ惚れしながらも、

―― ああ、自分はまだ三四郎みたいに、「迷羊(ストレイ・シープ)」なのだなぁ~

と、身につまされた3連休でした(涙)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?