【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 6
結局、弟成は見つからなかった。
馬手の手によらずとも、黒万呂は後ろ髪を引かれる思いではあったが、自ら乗船した。
船が離れるとき、歓声があがった。
喜びと、安堵と、落胆が入り混じる複雑な歓声であった。
黒万呂も、喜んでいた ―― 斑鳩に戻れる、家族に会えるという喜びに。
そして、安堵していた ―― もう恐れることはない、唐や新羅の追撃から逃れたという安堵に。
だが、落胆していた ―― 幼いころから人生をともにしてきた、家族とも同然の弟成を見捨てて帰るという悲しみに。
―― すまん、弟成……
俺は帰る、家族のために、斑鳩のみんなのために。
だが、俺は諦めへん。
必ずお前を見つけ出す。
きっと、きっと、またこの地に戻ってくる。
必ず!
船は、それぞれの思いを乗せ、倭国へと滑り出した。
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