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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第一章「小猿米焼く」 中編 17

 蘇我倉摩呂から事の仔細を聞いた敏傍は、

「例え大叔父といえども、本家に手向かうは敵も同じです。すぐさま兵を!」

 と、進言するのだが、蝦夷は、

「いまは重要な時だ。こんな折に、一族で争う訳にはいかん。」

 と、摩理勢の下に身狭勝牛君(むさのかつしのきみ)と錦織赤猪首(にしきこおりのあかいのおびと)を遣わして、武装を解くように諭すだけだった。

 しかし、興奮した牛は、簡単に角を引っ込めるはずはない。摩理勢は、なお一層武装を固め、今度は斑鳩宮に進軍し出したのである。

『摩理勢軍、斑鳩宮に進軍する』の一報を聞いた蝦夷も、さすがに慌てた。

「叔父上は、山背様を奉じるつもりか?」

 このままでは、国を二分する戦さになってしまう。

「こうなれば、山背様から大叔父を説得して頂くしかないでしょう」

 そう進言したのは、蘇我入鹿である。

「しかし、当事者の山背様が、私の言うことなど聞いてもらえようか?」

「山背様も、この問題で死人を出したくはないはずです。何より、このままでは、蘇我の同族争いになってしまいます。ここは、山背様に後継者を諦めて頂き、大叔父の説得に当たって頂くのです」

「そんなことができようか?」

 蝦夷は、心配そうな顔で入鹿を見た。

「できます」、入鹿は静かに言った、「元来、山背様は大王の位をお望みではなかったのでしょう? ならば、次の大王は田村様とし、その次は必ず山背様を大王に就けるという条件で諦めてもらいましょう」

「そんなことで、納得されるだろうか?」

「大丈夫です。山背様には、次の大王として大兄(おおえ)の地位をお渡しになるのです」

「大兄か……、久しく空位であったな。良かろう。それで、やってみよう。」

 大兄とは、次の後継者 ―― すなわち、『皇太子』を言った。

 豊浦から斑鳩に早馬が飛んだ。

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