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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 序章「世間虚假 唯佛是眞(せけんこれ ゆいぶつぜしん)」 1

 生駒の果てに沈まんとする夕日は、その命を惜しむが如く輝き、斑鳩寺(いかるがのてら)の甍(いらか)を朱に染めていく。

  やがて日は燃え尽き、人々を蒼黒の世界へと導くだろう。

  そしてここに、真っ赤に燃え盛る斑鳩寺に見守られながら、一人の男がその命を大地に沈めようとしていた。

  沈むのなら、日も、人も同じだ。

  しかし、日は再び廻っても、己に明日がこないことを男は知っている。

  男の名は、厩戸皇子(うまやとのみこ) ―― 推古(すいこ)女帝の摂政で、蘇我馬子大臣(そがのうまこのおおおみ)とともに現朝廷の最高責任者である。

  厩戸皇子が病に倒れたのは、いまから一ヶ月前のことである。

 当初は、推古女帝の従者や有力氏族たちが入れ替わり立ち替わり押し掛けて来たものだが、ここ数日は訪れる者もなく、斑鳩宮(いかるがのみや)は静寂に包まれていた。 

 その状況が一変したのは昨日のことで、彼と同じく病の床に臥していた妃の菩岐々美郎女(ほききみのいらつめ)が亡くなったのである。

 愛する妻を失った悲しみは、厩戸皇子に、現世に対する僅かな希望をも捨て去るには十分であった。

  漆黒が支配し始めた斑鳩宮で、彼は自分の吐き出す息の音に耳を澄ませていた。

  彼の下に集った妃や息子たちも、厩戸皇子の息の音に耳を澄ませている。 

 ああ、まるで、魂までが抜け出してしまいそうだ。

  彼は、消えゆく意識の中で、最後の言葉を探していた。 

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