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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 99

「随分とでかい城を造ったものだな」、信長は坂本城の天守から辺り一帯を見回す、「淡海が一望できるな、おお、対岸も見えるのか? これなら、舟の行き来きが良く分かる。おぬしには過ぎた城だ、十兵衛」
「恐れ入りまする。これもすべて、殿のお陰でござりまする」
 後ろに控えていた十兵衛は頭を下げた。
 十兵衛とは久しぶりに会った。
 もちろん、殿の後ろに控えているので、話を交わすことはない。
 それでも、十兵衛の顔を見ると、胸が熱くなる。
 忙しそうだが、実に生き生きとして見える。
「儂も、淡海に城でも造ろうか?」
「左様であれば、対岸の長浜、安土辺りが宜しいかと」
 十兵衛は、その方を指さす。
「うむ」、信長は目を細め………………、「ここからでも見えるような、この坂本よりもでかい城を建ててやろう」
「それは楽しみですな」
「その前に、やっておかねばならぬことが山積みだが……………」
 信長は、うんと背伸びをした。
「大坂の一件は上々と聞き及びましたが?」
「うむ、早々に落ちよう。ただ、与一郎(長岡藤孝)が慌てておるようだ」
「何事か?」
「丹波の国人どもを集めて戦に備えよと言ったのだが………………」
 それよりも先に本願寺攻めが始まったので、もちろん間に合わなかった。
 まあ、それは良い。
 問題は、どうやら丹波勢の集まりが悪いようだ。
 丹波というのは、実に面白い地である。
 都に近いのに、これを纏め上げる有力武将がいない。
 室町の世より、幕府の奉公衆や細川家の守護代などの国人衆が割拠し、勢力争いをしている。
 調略で切り崩しができそうなものだ。
 だが、国人たちの方が一枚上手で、逆に時の有力者の力を借りて、己の勢力を伸ばそうとしている。
 それぞれ独立心が強く、相手が管領細川家であろうが、一時期天下を支配下に置いた三好であろうが、時に盾突くことさえある。
 絶えず侵す侵される状況にあるので、戦慣れもしており、味方に付ければ頼もしいが、敵にすれば厄介だ。
 足利義昭が将軍になってからは、その配下のような動きをしていたが、信長によって追放されると、そぞろ動き出した。
 いまのところ明確な反信長とはいわないが、その動きは鈍い。
 もと幕臣の藤孝が話をしているようだが、なかなか上手くいっていないようだ。
「十兵衛、助太刀してやれ。ことによれば、攻めても構わん。あまりに従わぬは、後々厄介なことになろうからな」
「畏まりました」

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