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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 35

 その夜、殿からの土産だと、藤吉郎は若衆や稚児たち全員に菓子や濁酒、僅かな小遣いを配った。
 若衆は濁酒を飲んで騒ぎ、稚児たちは菓子に舌包みを打った。
「藤吉郎殿も豆でござるな」
「いや、これは殿からでござるよ」
 と、藤吉郎は笑っていたが、
「と、言いつつ、あれが用意したものだ。こういう細かい気遣いに、殿だけでなく、女もころっといくんだろうな」
 貞勝は、若衆の間を嬉々として酌をしてまわる藤吉郎を、聊か羨ましそうに眺めていた。
 なるほど、そういう人なのかと菓子を頬張ろうとした。
 ふと見ると、例の稚児が菓子も食べずに、じっと太若丸を見ている。
 この菓子も欲しいのかとやろうとすると、首を振る。
 ―― 行かれるので?
 と訊くので、行くと答えると、涙目になった。
 寂しいのか……、いや、きっと守ってくれる人がいなくなるから、悲しいのだろう。
 もっと食って、もっと大きくなって、もっと強くなれと、菓子をやり、頭を撫でてやった。
 彼(か)の子は、こくりと頷いた。
 足元から、ぽとり、ぽとりと音が聞こえたが、菓子でも零しているのだろうと見向きもしなかった。

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