見出し画像

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 中編 6

「そういう訳で、来年の6月頃が良いと思うのじゃが、どうであろうか、中臣殿?」

 不意の麻呂の言葉に、鎌子は戸惑い、

「そうですね」

 と返すのがやっとであった。

 何が来年の6月なのかだろうか?

 彼は、自分の気持ちの整理に夢中で、麻呂たちの話を聞いてはいなかった。

「しかし、ことが重大ですから、慎重にも慎重を極めなければ。誰か適任がいますか? 武勇に優れた者が?」

 相変わらず柔らかい軽皇子の声だ。

「馬飼連、お前はどうです?」

「私ですか? 私は、問題ありません」

 軽皇子に問われた長徳は答えた。

「いや、馬飼殿は止したほうが良い。それでは単なる権力争いと思われてしまう。これは、権力争いではなく、国に反逆した蘇我を討つといった筋立てが必要なだからな」

 麻呂の言葉に、鎌子は我が耳を疑った。

 —— 蘇我を討つ!

 そんな馬鹿な!

 彼は、いま、自分が恐ろしい場面に引きずり出されたのだと恐怖を感じた。

「それでは、どなたか皇子様を立てては? その方が、大王家も味方に付けたと他の臣下に思わせることができます」

 徳太の言葉である。

「なるほど、それは名案じゃ。皇子様を立てれば、我らが正義も同然。かといって、軽皇子に面に立って頂く訳にもいかんな」

「それなら、甥の葛城皇子はどうじゃ? あの子は血の気が多く、喧嘩早い」

 軽皇子が言った。

「葛城皇子ですか? それは良いですな。蘇我の庇護も受けておりますし。子飼いの皇子が裏切れば、蘇我の衝撃も大きいでしょう。となると、葛城皇子をこちら側に引きずり込まなくてはならないが……、そうじゃ、確か山田殿は、娘を二人、葛城皇子に嫁がせていますな、どうですか?」

 麻呂は、蘇我倉麻呂に聞いた。

「はあ、しかし……、葛城様は、私の言うことを簡単に聞いてくださるようなお方ではないですから。そうだ、中臣殿は葛城様とは打毬をする仲とか。如何ですか、中臣殿から話して頂けませんか? 場所は私が整えます故」

「私がですか? それはちょっと……」

 蘇我家を討つと聞いただけで気が動転しているのに、仲間を引き入れるためにその説得をさせられるなんて。

「中臣殿、是非ともお願いいたす。これは、国の大事ゆえ」

「はあ……」

 強引な麻呂の言葉に、鎌子はそう言うのが精一杯であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?