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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第一章「小猿米焼く」 中編 15

 大広間では、「言った」、「言わない」の応酬が何回かあったが、重臣側が、再度、蝦夷に事の次第を訊くということで、その日は何とか収まった。

 ただ、肝心の白瀬仲王は、三国王と重臣の遣り取りの間、一言も喋らずにいた。

 その白瀬仲王が口を開いたのは、重臣たちが帰ろうとした時であった。

「申し訳ござらぬが、中臣殿はこの場にお残りください」

 言葉どおり、中臣御食子はその場に残った。

 重臣たちは帰って行く。

 広い部屋に二人の男が対峙する。

 しばらくの沈黙が続いた。

「神と大王の間を取り繋ぐ中臣殿。そなたは、大王の傍近くに仕える身。先の大王のお言葉を、誰が漏らしたかご存じないか?」

 先に口火を切ったのは白瀬仲王であった。

「さあ……、私は存じませぬ」

 御食子は頭を下げた。

「そうか、それならば良い。ただ……、後継者問題は、国をも滅ぼす大事です。それに、大王のお言葉となると、間違いであったでは済まされない問題です。それは、十分お分かりですね?」

「もちろんでございます」

 二人の間に再び沈黙が戻った。

 白瀬仲王は、御食子を睨み付ける。

 御食子は、まだ顔を挙げない。

「お話とはそれだけですか? これ以上なければ、私はこれで」

 面を上げた時の御食子は、涼しい顔をしていた。そして、そのまま立ち上がり、帰ろうとした。

「中臣殿、我らは蘇我一族です。蘇我の結束は山の如く大きなものです。その山は、崩れませぬぞ」

 白瀬仲王は、御食子の背中に言った。

「承知しております」

 御食子はそう言うと、一礼して去って行った。

 白瀬仲王の目に、斑鳩寺に沈んでゆく夕日が映った。

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