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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 39

 舞い終り、頭を下げる。
 ぱちり、ぱちりと篝火が弾ける。
 家臣連中は、ちらちらと信長を見ている。
 殿が拍手や批評をしない以上、家臣がそれをするわけにもいかず、ただ奇妙だけぱちぱちと手を叩いたが、信長を見て、慌てて止めた。
 舞台袖の藤吉郎を見ると、これはやってしまった……というような顔をしている。
〝お叱り〟を覚悟して、舞台を降りようとすると、唐突に信長が立ち上がった。
 もしや、この場で手打ちか?
 信長が舞台に上がってくる。
 奇妙や家臣たちが、はらはらしながら状況を見ている。
 誰も助けてはくれないらしい。
 しからばと、太若丸はその場に畏まる。
 ばっさりといかれるかと待っていると、ぽんと再び乾いた音が鳴った。
 信長が鼓を打っている。
 儂の拍子で舞えということか?
 望むところと、太若丸は立ち上がり、再び舞った。
 ふと、舞いやすいと思った。
 二回目なので緊張が解けたのか、それとも信長の間合いがいいのか、無心で踊ることができた。
 終わると、信長は何も言わずに席に戻り、己の杯を太若丸に突き出す。
 飲めということだろう ―― これは認められたのか?
 ありがたくいただいた。
「太若丸と申したか? 今宵より儂の傍に仕えよ」
 太若丸は首を傾げる。
 傍に仕えるということは、小姓になれということか?
 しかし、太若丸は侍ではない ―― 侍の礼儀作法を知らない。
 また十兵衛の預かりでもある ―― 他の主に仕えるなら、現主人の許しがいるのでは………………まあ、信長が十兵衛預かりにしたので、その辺は問題ないのか?
 それを信長に問うと、
「十兵衛には、儂から申し伝える」
 有無を言わせないような冷たい口調で言い放った。
 何も言えずに、太若丸はそのまま下がった。
 すぐに藤吉郎が駆け寄ってきた。
「太若丸殿、ようござりましたな、殿に気に入られましたぞ」
 それは良かったが、傍に仕えよとは………………また十兵衛と離れ離れになるのか?
 困惑していると、
「なに、心配はござらんよ。殿はああ見えて、お優しいから」
 いや、心配しているのはそこではないと思った。
「ところで太若丸殿、なぜあの舞いを? 殿が、あの舞いを好まれるのをどこかでお聞きで?」
 太若丸は首を振る。
 ただ、思いついただけだ。
「左様ですか。しかし、あれは良かった。実はあの舞い、殿が今川治部大輔(いまがわ・じぶのだいゆ:義元(よしもと))を討ちとったとき、あの舞いを踊られて出撃されたのですよ。それほど思い入れのある舞いなのですよ。恐らく、具足初めの奇妙殿にも、武人としての覚悟をお示しになることができたと、殿もお喜びですよ」
 なるほど、そういった経緯があったのか。
 それで、信長自ら鼓を打ったのだろう。
 それも、よほど好きで、思い入れがあったので、太若丸も舞いやすかったのだろう。
 太若丸も、踊っていて気持ちが良かったので、万事上手くいって良かったと思った。
 ただ、信長の傍に仕えよと命じられことだけは問題だが………………

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