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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 36

 岐阜に赴く道中、藤吉郎は呆れるほどお節介焼きだなと思わされた。
 それは、出発前からはじまった。
 馬に乗られるかと訊かれたが ―― 確かに乗れるには乗れるが、終始ずっと乗っている自信もなかったので、歩きで結構ですと断った。
 それでは、輿を用意しましょうとなった。
 女人ではないのだから輿は不要、歩きで結構だと断ったが、
「そのような綺麗なおみ足に傷がついてはいかん。殿にも叱られる」
 と、無理やり輿に乗せられた。
 担がされる男衆たちには申し訳ない。
 道中も、
「太若丸殿、喉は渇きませぬか? 腹は減りませぬか? 疲れませぬか?」
 と、ほんの半刻もしないで訊いてくる。
 飯の最中も、
「太若丸殿、これを召し上がって下され、これも、これも美味いですぞ」
 と、満腹になっても、あれやこれやと出してくる。
 寝るときも、野宿なのだが、
「おい、ここを成らせ、板をひけ、その上に布を敷いて……」
 と、従者に怒鳴り散らしている。
 いや、みなと一緒で、その場で寝るのでいいので………………というと、
「とんでもござらん。太若丸殿を地べたに寝かせるなど、殿に知れたら……」
 大の大人が涙目で懇願するので、諦めて気の済むようにさせた。
 しかしまあ……、たかが稚児相手に、そこまで気をつかわなくてもいいと思うのだが………………それとも、よっぽど信長が怖いのか………………まあ、恐らく信長も怖いが、根っからの世話好きなのだろう。
 太若丸だけでなく、従者や雑兵、輿の担ぎ手だけでなく、行く先、行く先で世話になった百姓などにも、少ないがと銭を渡したりしている。
 ときに、「おっ、あれは御寧が好きそうな花だ」と、自ら馬を下りて摘んでいく。
 ふと目が合うと、恥ずかしそうに懐にしまう。
「これは、恥ずかしいところを見られましたな」
 お好きなのですか?
「うむ、こんな醜男(しこお)と一緒になってくれる女子など、おりませぬからな。大切にせぬと」
 奥方が花が好きなのかと尋ねたのだが、まあ、いいか………………
「拙者みたいな百姓上がりの、金もない、伝手もない、実力もない、まして不細工な者は、周りに気をつかっていかないと、付いてはきてくれませぬからな……、その辺、十兵衛殿は羨ましい」
 唐突に十兵衛の名が出た。
「顔も良いし、背も高い、女が放っておかんでしょう」
 確かに。
「頭も切れるし、物事も良く知っておられる、人脈もあるし、何より侍としての度胸がある。そういうところを殿は好んでおられる。おかげで、とんとん拍子で城持ちじゃ。羨ましい限りじゃ。拙者も、斯くありたいと願っとります」
 うむ、傍からなら、そう見えるのだろう。
 大分、家臣の左馬助や知り合いの八郎の功績もあるとは思うのだが………………十兵衛が褒められて、太若丸も気分が良かった。

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