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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」

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権太の村にひとりの男がやって来た。男は、干からびた田畑に水をひき、病に苦しむ人に薬を与え、襲ってくる野武士たちを打ち払ってくれた。村人から敬われ、権太も男に憧れていたが、ある日男… もっと読む
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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 77(了)

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 77(了)

 しとしとと雨が落ち、着物はしっとりと濡れていたが、不思議と寒くはなかった。

 ここはどこだろう、さっきまで家にいたはずなのに?

 しばし呆然として、はっと思い当った ―― もしかして、源太郎や十兵衛、姉に捨てられた?

 上の村の庄屋の息子の婿入り話は嘘で、本当は姉と十兵衛が一緒になって、跡取りとして邪魔な権太は捨てられた?

 ―― そんな、酷い!

 権太は、急いで家に戻ろうと、方向は分

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 76

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 76

「それで源太郎殿、話があるのだが……」

「なんでござりましょう?」

「うむ、拙者もようやく人並みになりましたので、おえい殿を嫁に貰えぬかと?」

「お、おえいをでございますか?」

 源太郎は驚き、思わず声が上擦ってしまった。

 権太も驚く、まさか十兵衛が姉を望むとは………………

 おえいは、十兵衛がそう言うと知っていたのか、全く動じず、少し嬉しげな顔で、誇らしげに胸を張っていた。

 や

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 75

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 75

 権太は、今すぐにも十兵衛のもとに行って、色々と話をしたかったが、大人が土産に群がり、それどころではなかったので、遠くでじっと眺めていた。
 ときおり十兵衛と目が合うと、彼はにこりと微笑んでくれた。
 それだけで十分だった。
 落ち着いたのは夕方になってで、弥平次と従者たちは先に山崎吉延のもとに行くと出ていったが、十兵衛は、源太郎の屋敷に二、三日泊まることとなった。
 屋敷を潜ると、姉が驚き、急い

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 74

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 74

 婿入りは、来年早々、正月行事がひと段落ついた頃と決まった。
 権太の寺上りも、同じ時期である。
 それまで色々と準備があるからと、和尚は今日にでも権太を寺に寄越せとしつこく言ってきたが、親子仲良く暮らすのもあと少しなので、しばらく待ってくれと、源太郎は何度も断った。
 それまでに十兵衛は帰ってくるだろうか?
 いや、帰ってくると言った。
 だが、その帰りが遅くなったら、権太はどうなるのだろうか?

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 73

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 73

 雷無月に入って、内検があった。

 領主の代理がやってきて、その年の米の採れ具合を調べる。

 庄屋や源太郎は、何とか年貢量を減らしてもらおうと、代官たちを手厚く持て成し、色々な詫び言を並び立てたが、「否」の一言で却下され、結局、当初の予定どおり例年よりも多目に収めることとなった。

 これも、十兵衛のせいだと村人たちは噂した。

「ほんま疫病神やな、あいつは」

「まあ、もう戻ってこんやろう」

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 72

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 72

 父は、かなり動揺しながら、なぜそうなったのかと訊ねた。
 権太は、昼間にあったことを話した ―― 和尚と夫婦になれるのなら、十兵衛とも夫婦になれるはずだと ―― もちろん、女の子のあそこを見たことは伏せて。
「権太、なぜ和尚さんと一緒になれると思ったんだ? 寺に入るとは、そういうことではないぞ」
 源太郎の言葉に、権太は首を傾げる。
 昼間に聞いた話と少し違う………………寺に入れば、和尚と『ちゃ

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 71

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 71

「ほら、べさの『ちゃんぺ』には、『だんべ』がなかったろう?」
「ほんね。ほやけど、もっと見たかったわ」
「もっと見せたるって」
 そう言いながら、男の子たちはげらげらと笑っていたが、ふいに、ぱんと乾いた音が周囲に鳴り響いた。
 見ると、年配の男の子が頭を抱きかかえている、涙目だ。
 後ろには、彼の母親が物凄い形相で仁王立ちしていた。
「おめは、妹になにしとんや!」
 女は、男の子の頭をぱんぱんと何

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 70

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 70

 子どもたちは、権太をいじる。
 もともと、体も小さく、女の子みたいに華奢であったので、他の男の子からよくからかわれたものだが、最近はもっと酷い。
「おめんとこの明智のせいで、うららの飯がのうなったわ。どないしてくれるんね?」
 子どもたちは、親の話を聞いて、十兵衛のせいだと権太を突きまわす。
「おめえはええの、あいつのお蔭でたらふく食えて」
「おめえのお姉が『ちゃんぺ』させとるからな」
「おめえ

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 69

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 69

 八月の一日は、「八朔の祝」である。

 庄屋や源太郎たち村役は、領主に秋の収穫物を届けにいった。

 新米も少しだが刈り取り、納める ―― 『年貢始め』である。

 これから、本格的な稲刈りである。

 ひと月、ふた月かけて収穫する。

 昨年は、長雨や旱で冷や冷やしたが、十兵衛のお蔭で、結局例年よりは少し減るが、何とか年貢を納めることができた。

 今年は、村人たちの明るい表情を見る限り、収穫

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 68

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 68

 彼は気乗りがしにようだったが、竹を担いで一乗谷へと戻った十日後には、義昭が信長に、『これからは織田上総介信長をひたすら頼りにしたい』との書面を送り、信長から、『微力ではありますが、天下のために尽くしましょう』との返事を受けたという。
 美濃に行く途中で立ち寄った十兵衛が、聊か興奮気味にそう話していた。
 弥平次の言葉どおり、十兵衛が一筆書いてくれと話すと、三淵藤英や和田惟政は酷く怒ったそうだ。

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 67

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 67

 そうするうちに、八郎から遣いがきた。
 文月に入って、源太郎を頭に若衆数名で、領主の屋敷に届ける竹をとりに山に入った日、八郎の遣いという男がやってきて、書状だけ置いていった。
 その数日後に、十兵衛がひょっこり帰ってきた。
 弥平次も連れている。
「山崎様から、竹を貰ってきてくれと言われたので。あと、できれば足利様のところにも欲しくて」
 と、荷役として弥平次を連れて来たようだ。
 竹は、七夕や

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 66

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 66

 八郎は、さっそく動いた。
「あいつも忙しそうなので、そんなに簡単に話はつかんと思うが」
 と言いながらも、翌朝そそくさと出ていった。
 次の知らせがくるまで十兵衛は高鼾で………………と、いかないようで、
「申し訳ござらんが、拙者もまだ用件がありまして」
 と、一乗谷へと出かけていった。
「うむ、相当お忙しいようだな。やはり、婿養子は無理であろうな……」
 遠ざかる十兵衛の背中を見つめる源太郎の言

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 65

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 65

「まあ、そういうのもあって、朝倉様に望みなしと。で、細川殿から、織田に伝手がないかと言われてな。以前、織田との仲立ちは細川殿がなされておられたが………………」

 信長が約束を破り、義昭がそれを見限ったので、藤孝としては、また信長に頼むのは少々引けるというか………………それみたことか、矢張り儂の力がのうては天下はとれまい ―― と、信長に大きな顔をされるのが、幕臣としては不服らしい。

「面倒くさ

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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 64

【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 64

 十兵衛が戻ってくる前に、八郎がやってきた。

 月は皐月にかわり、田植えのはじめを祝っている最中にやってきて、

「十兵衛はいるか?」

 と、遠慮なく上がり込んできた。

「明智様は、まだ一乗谷ですが………………」

「うむ、近々帰るので来てほしいと遣いがあったのだが、肝心の頼んだやつがいないとは。俺は、暇じゃないんだぞ」

 と、ぼやいている。

 普段なら泊まらないが、行き違いなるのも面倒

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