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hiro75
2021年1月9日 08:21
しとしとと雨が落ち、着物はしっとりと濡れていたが、不思議と寒くはなかった。 ここはどこだろう、さっきまで家にいたはずなのに? しばし呆然として、はっと思い当った ―― もしかして、源太郎や十兵衛、姉に捨てられた? 上の村の庄屋の息子の婿入り話は嘘で、本当は姉と十兵衛が一緒になって、跡取りとして邪魔な権太は捨てられた? ―― そんな、酷い! 権太は、急いで家に戻ろうと、方向は分
2021年1月8日 07:17
「それで源太郎殿、話があるのだが……」「なんでござりましょう?」「うむ、拙者もようやく人並みになりましたので、おえい殿を嫁に貰えぬかと?」「お、おえいをでございますか?」 源太郎は驚き、思わず声が上擦ってしまった。 権太も驚く、まさか十兵衛が姉を望むとは……………… おえいは、十兵衛がそう言うと知っていたのか、全く動じず、少し嬉しげな顔で、誇らしげに胸を張っていた。 や
2021年1月7日 10:41
権太は、今すぐにも十兵衛のもとに行って、色々と話をしたかったが、大人が土産に群がり、それどころではなかったので、遠くでじっと眺めていた。 ときおり十兵衛と目が合うと、彼はにこりと微笑んでくれた。 それだけで十分だった。 落ち着いたのは夕方になってで、弥平次と従者たちは先に山崎吉延のもとに行くと出ていったが、十兵衛は、源太郎の屋敷に二、三日泊まることとなった。 屋敷を潜ると、姉が驚き、急い
2021年1月6日 10:27
婿入りは、来年早々、正月行事がひと段落ついた頃と決まった。 権太の寺上りも、同じ時期である。 それまで色々と準備があるからと、和尚は今日にでも権太を寺に寄越せとしつこく言ってきたが、親子仲良く暮らすのもあと少しなので、しばらく待ってくれと、源太郎は何度も断った。 それまでに十兵衛は帰ってくるだろうか? いや、帰ってくると言った。 だが、その帰りが遅くなったら、権太はどうなるのだろうか?
2021年1月5日 11:24
雷無月に入って、内検があった。 領主の代理がやってきて、その年の米の採れ具合を調べる。 庄屋や源太郎は、何とか年貢量を減らしてもらおうと、代官たちを手厚く持て成し、色々な詫び言を並び立てたが、「否」の一言で却下され、結局、当初の予定どおり例年よりも多目に収めることとなった。 これも、十兵衛のせいだと村人たちは噂した。「ほんま疫病神やな、あいつは」「まあ、もう戻ってこんやろう」
2021年1月4日 11:48
父は、かなり動揺しながら、なぜそうなったのかと訊ねた。 権太は、昼間にあったことを話した ―― 和尚と夫婦になれるのなら、十兵衛とも夫婦になれるはずだと ―― もちろん、女の子のあそこを見たことは伏せて。「権太、なぜ和尚さんと一緒になれると思ったんだ? 寺に入るとは、そういうことではないぞ」 源太郎の言葉に、権太は首を傾げる。 昼間に聞いた話と少し違う………………寺に入れば、和尚と『ちゃ
2020年12月29日 10:31
「ほら、べさの『ちゃんぺ』には、『だんべ』がなかったろう?」「ほんね。ほやけど、もっと見たかったわ」「もっと見せたるって」 そう言いながら、男の子たちはげらげらと笑っていたが、ふいに、ぱんと乾いた音が周囲に鳴り響いた。 見ると、年配の男の子が頭を抱きかかえている、涙目だ。 後ろには、彼の母親が物凄い形相で仁王立ちしていた。「おめは、妹になにしとんや!」 女は、男の子の頭をぱんぱんと何
2020年12月28日 11:13
子どもたちは、権太をいじる。 もともと、体も小さく、女の子みたいに華奢であったので、他の男の子からよくからかわれたものだが、最近はもっと酷い。「おめんとこの明智のせいで、うららの飯がのうなったわ。どないしてくれるんね?」 子どもたちは、親の話を聞いて、十兵衛のせいだと権太を突きまわす。「おめえはええの、あいつのお蔭でたらふく食えて」「おめえのお姉が『ちゃんぺ』させとるからな」「おめえ
2020年12月26日 06:27
八月の一日は、「八朔の祝」である。 庄屋や源太郎たち村役は、領主に秋の収穫物を届けにいった。 新米も少しだが刈り取り、納める ―― 『年貢始め』である。 これから、本格的な稲刈りである。 ひと月、ふた月かけて収穫する。 昨年は、長雨や旱で冷や冷やしたが、十兵衛のお蔭で、結局例年よりは少し減るが、何とか年貢を納めることができた。 今年は、村人たちの明るい表情を見る限り、収穫
2020年12月25日 10:53
彼は気乗りがしにようだったが、竹を担いで一乗谷へと戻った十日後には、義昭が信長に、『これからは織田上総介信長をひたすら頼りにしたい』との書面を送り、信長から、『微力ではありますが、天下のために尽くしましょう』との返事を受けたという。 美濃に行く途中で立ち寄った十兵衛が、聊か興奮気味にそう話していた。 弥平次の言葉どおり、十兵衛が一筆書いてくれと話すと、三淵藤英や和田惟政は酷く怒ったそうだ。
2020年12月24日 09:22
そうするうちに、八郎から遣いがきた。 文月に入って、源太郎を頭に若衆数名で、領主の屋敷に届ける竹をとりに山に入った日、八郎の遣いという男がやってきて、書状だけ置いていった。 その数日後に、十兵衛がひょっこり帰ってきた。 弥平次も連れている。「山崎様から、竹を貰ってきてくれと言われたので。あと、できれば足利様のところにも欲しくて」 と、荷役として弥平次を連れて来たようだ。 竹は、七夕や
2020年12月23日 12:50
八郎は、さっそく動いた。「あいつも忙しそうなので、そんなに簡単に話はつかんと思うが」 と言いながらも、翌朝そそくさと出ていった。 次の知らせがくるまで十兵衛は高鼾で………………と、いかないようで、「申し訳ござらんが、拙者もまだ用件がありまして」 と、一乗谷へと出かけていった。「うむ、相当お忙しいようだな。やはり、婿養子は無理であろうな……」 遠ざかる十兵衛の背中を見つめる源太郎の言
2020年12月22日 08:13
「まあ、そういうのもあって、朝倉様に望みなしと。で、細川殿から、織田に伝手がないかと言われてな。以前、織田との仲立ちは細川殿がなされておられたが………………」 信長が約束を破り、義昭がそれを見限ったので、藤孝としては、また信長に頼むのは少々引けるというか………………それみたことか、矢張り儂の力がのうては天下はとれまい ―― と、信長に大きな顔をされるのが、幕臣としては不服らしい。「面倒くさ
2020年12月21日 07:06
十兵衛が戻ってくる前に、八郎がやってきた。 月は皐月にかわり、田植えのはじめを祝っている最中にやってきて、「十兵衛はいるか?」 と、遠慮なく上がり込んできた。「明智様は、まだ一乗谷ですが………………」「うむ、近々帰るので来てほしいと遣いがあったのだが、肝心の頼んだやつがいないとは。俺は、暇じゃないんだぞ」 と、ぼやいている。 普段なら泊まらないが、行き違いなるのも面倒