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そのものがたりを語ることができるか

サンフランシスコの出版社で働くため、駐在して半年が経ちました。うち2ヶ月は外出禁止令下で暮らす、思いがけぬ生活に…。それでもひとたび散歩に出ると、そこはアメリカ。カリフォルニアの眩い太陽、人びとや街並み、スーパーに並ぶ珍しい野菜やフルーツなどーーささやかではありますが、日本との違いを楽しんでいます。

さて、私がアメリカに長期滞在をするのは今回が2度目です。前回は南部ジョージア州アトランタに、大学時代約10ヶ月ほど留学していました。

その時のことを少し、書いてみたいと思います。

留学先に選んだのは「歴史的黒人大学」(英語でHistorical Black Colleges and Universities、通称HBCUと) と呼ばれる学校のひとつ。アフリカ系アメリカ人に公民権が認められる1964年以前、差別の厳しかった南部地域では、彼らは白人と同じ大学に通うことができませんでした。結果、アフリカ系向け高等教育機関として設立・発展したのがHBCUです。今も教育を通じて歴史を伝えリーダーシップを育む機関として、アフリカ系コミュニティで大事な役割を果たしています。

日本の大学でアメリカ史を専攻していた私は、とりわけアフリカ系アメリカ人の歴史に興味があり、HBCUを留学先に決めました。そこで思いがけぬ問いを投げかけられます。

「アフリカ系の苦しみを知らない人が、その歴史を語れるのか?」

祖父母が公民権運動に参加し、不平等な社会と戦ってきたというクラスメイトも少なくなく、私が学びたいと思っている歴史ーーその大きな部分を占める差別との戦いは、彼ら家族の歴史なのだとハッとさせられました。

大学卒業後、修士課程に進みしばしアメリカ史を研究していましたが、その問いは常に心の片隅にありました。

編集者として働く今、もし同じ問いを投げかけられたらこう答えられるのかな…「心に寄り添い、気持ちを精一杯想像して、その人のことを語りたい」と。

編集の仕事を通じて、さまざまな「ものがたり」に関わる機会があります。まんがや小説を作るとき、たとえ創作であっても、描かれる状況が人生そのものの人もいるでしょう。また、取材させていただいた方の言葉から話を紡ぎ記事を書く際、「語られなかったこと」に思いを馳せるのを忘れないようにしています。

日々、迷うことも悩むことも、失敗も (思い出したくないくらい…!) たくさんありますが、アトランタでの体験は、編集の仕事をしていく上で、ひとつ大事なよりどころになっています。

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