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緻密さとエンタメ性と深淵が交錯する古典ミステリー:『グリーン家殺人事件』レビュー

 作家、中山七里先生がおさえておきたい古典ミステリー10選の中に選ばれた1冊「グリーン家殺人事件」を読んだのでレビューしたいと思う。
 ちなみに、おさえておきたい古典ミステリー10選は、「中山七里のミステリーの書き方」(ポッドキャスト)の第一回で紹介されている。

 「グリーン家殺人事件」は古典ミステリーとはいえ、読んでいて古臭さを感じさせない一作だった。

 物語の舞台は、仲違いしている金持ち家族が住む館。そこで家族が一人ずつ殺されていく連続殺人が起こる。使用人も含めて、全員が恨み合っている。つまり、犯人候補だ。
 ふと「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」など、現代の人気ミステリー作品にこのような設定が溢れている”あるある”だと思ってしまう。けれど実際は逆であり、これらの現代作品は古典ミステリーから多くを引き継いでいるのだ。つまり、「グリーン家殺人事件」のような古典ミステリーが、私たちが今日楽しんでいる作品に多大な影響を与えてきたのである。私はこういった源泉の作品を今まで読んでこなかったので、興味深かった。

 印象的だったのは、小物の使い方や各章で起こる小さなエピソードだ。雪、オーバーシューズ、消えた拳銃、盗まれた毒薬、死体の形相、歩けない母親、誰も入れない部屋、読まれていた本、暗号の書かれた紙きれ、……これらの小物やエピソードが真相を暴くための重要なヒントとなり、また読者を混乱させるミスリードにもなる。その使い方は、物語を書きたいと思っている私に多くのことを教えてくれる。
 私は特に「歩けない母親、誰も入れない部屋、読まれていた本」の使い方が好きだった。読んでいて、様々な犯人の可能性を考えてしまう。決して派手なアクションシーンがあるわけでもないのに、物語の中にどんどん引き込まれる。

 またこの作品は、犯人が自分語りをせず、探偵役が推測だけで事件の真相を明らかにしている。犯人自身はその動機を、個人的な恨みや深刻な社会問題から発生したとして、描いたり、語ったりしない。読後感はとてもあっさりしていて、エンタメ作品としてとにかく楽しんで読み終わる。逆に言えば、感情が揺さぶられる小説を好む方には物足りないかもしれない。

 まとめると、「グリーン家殺人事件」は、エンタメ作品の緻密な物語構成と小物の活用法を学ぶ上で貴重な一冊だった。中山七里先生が選ぶ古典ミステリ10選の、他の作品も引き続き読み進めるのが楽しみだ。


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