ASD boy

小学生の男の子の面倒を見た時期があった
世界的不況で就職難の年に仕事を得たのに
その内定を卒業寸前にあきらめた頃だった
価値観が違う周囲からの猛烈な反対に遭い
精神的に追い詰められた結果だったと思う
そのくせ職に関連した資格と知識を理由に
お守りのような任務を命じられたことには
正直むかつくような苛立ちと怒りを感じた

男の子にはちょっとした個性があって
私が得てきた知識が役に立つだろうと
私の存ぜぬところで勝手に決められた
周囲の無責任な期待による人選だった

私に命ぜられたからには と私はそのとき考えた
私に命ぜられたからには 私にしかできないこと
この小さなコミュニティで求められることではなく
この小さなコミュニティで生きていくためではなく
彼が困りごとに対処しつつ人生を生きていくために

静かに座っていろと教える代わりに
小声でひそひそ話すようにと教えて
何か言いたいことが出てきたときは
そのタイミングで話していいことに

一度飲み込んだ言葉はきっともう二度と出てこない
そのときに止めてしまえばあとからは戻ってこない
受け入れられる体験を積み重ねればきっと落ち着き
安心感や自己肯定感や信頼に繋がっていくと信じて

それはたぶん小さなコミュニティの中では異色なことで
私にとってもぎりぎりを攻めた挑戦であり賭けであった

一度に与える情報量が適切になるよう注意しながら
曖昧な表現は避けて具体的な言葉を使うようにして

やりたいと思った気持ちが出たときに止めれば
その積極的な意欲は次いつ現れるか分からない
やりたいということに問題が無ければたいてい
できる限りさせてあげられるように調整をした

思ったよりもずっと男の子は私を信頼して
私の言うことはきちんと聞くようになった
ずいぶんと落ち着いた行動がとれはじめて
そこまで来たところで私は任務を外された

個性が見えて落ち着いてきたら即お役御免とは
利用されただけで勝手なものだと思ったけれど
私の手を離れた後でも男の子からの信頼は続き
私も方針は変えずに男の子と関わるようにした

突然私のほうが目の前から消えてしまうまでは

彼もあの小さなコミュニティから出ていったと聞いた
私のしたことは何も間違っていなかったと思っている
彼の個性を含めた今に良い影響が少しでもあったなら
私のことを忘れていても「よかった」でしかない結果

彼の個性にとって日常生活はときに難しくなり得る
そろそろ社会に出ることを考え始める年齢のはずだ
きっといい青年になったろうと想像してみたりする
彼が人生で直面するあらゆる場面でできる限り多く
安心や肯定感を持てる場所があることを願っている