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出戻りスパイラルのわけ

私が歌舞伎町の接待を伴う飲食店(いわゆるキャバレー)で働いていたのはもう10年ちかく前になる。コマ劇場の建物がかろうじてあって、TOHOもゴジラもなかったと記憶。今みたいにホストはそこまで多くなくて、ちょっとだけ不景気だった。実家を離れるとき、親から「歌舞伎町みたいなところには絶対にいっちゃだめだ」と言われたその足で夜の店の面接に向かった日のことを今でもよく覚えている。

酔っぱらったキャスト同士の喧嘩がたびたびあって、(ヒールを飛ばしあったりしてて、見てる分にはおもしろかった)彼氏のいる子も、彼氏のいない子も酔っぱらうとよく泣いていた。ハトがゲロをついばんでいて、明け方女の子がゴミと一緒に寝ていて、あのビルで人がまた飛び降りた、あそこはもう名所だね、そういえば○○ちゃんがお客さんとホテルから出てきたのを見たよ、あの子もよくやるねえ。それが日常だった。

そんなのを見ていたからか、働いている間、彼氏がほしいとか、遊びたいとかいう気持ちに全然ならなかった。お金を貯める、手術をする、戸籍を変える。それだけのためにわき目もふらずに働いていた。飲みにもいかず、ホストも行かず、仕事のためだけに生きていた。そんなだから、仲良くなるキャストもほとんどいなかったけれど、1人だけ仲良くしてくれたお姉さんがいた。私より8歳上の綺麗な人だった。なんで私に良くしてくれたのか覚えていないのだけど、一緒に仕事終わりにご飯に行ったり、休みの日に遊んだりしてくれた。お姉さんの家にはチワワがいて、年下の彼氏がいた。よく3人で遊んだ。

それからしばらくして、私は仕事を辞めて連絡先もすべて変えた。お姉さんとも長いこと連絡をとらなかった。

昼の仕事にも慣れてきたころ、ふと思い立ってお姉さんに電話をした。お姉さんは私の話をうん、うん、と聞いてくれた。私はエモ過ぎて泣いた。お姉さんは年下の彼氏とはもう別れたんだといった。

お姉さんはもう夜の仕事は嫌だと言ってはまた戻って、を繰り返している。高校を中退して、ほとんど昼職のキャリアのないことを理由に夜の仕事に留まっているようだった。明け方に泣きながら電話が来たこともあった。もうやめたい、今度こそやめてやる。そういって次の日も仕事に行くみたいだった。

水商売はお金が手っ取り早く稼げる。だれでも毎日出勤して、お客さんと連絡をこまめにとることができれば普通に稼げはするだろう。でも目的もなく長く続けていいところではないなと思う。わたしもうっかり水商売をあのまま続けていたらどんなだったろう。オーナーになりたいとか自分の店を持ちたい、とかじゃない限りかなり厳しいんじゃないだろうか。

私はそのお姉さんのいいところをたくさん知っている。綺麗で、面白くて、どんなお客さんとも仲良くなれる。それでいて色恋に逃げない接客の姿勢を尊敬していた。営業だったら必ず数字を作れる人になっただろうと想像する。お姉さんのキャリアはこれからどうなっていくんだろう。どんなものでもいいんだけど、平穏な気持ちで働ける日がくるといいなと思う。明け方にしにたい、なんてもう言わないでほしいよ。

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