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運び去る空

強烈で爽快な風が吹く。私の中のすべてをふきとばしてしまいそうな痛快な風。

「おにいちゃーん!ここどこー!」

「しらねーよ!俺がききてーよー!」

そこは山の頂上のようでもあるし、崖の上のようでもあった。

夜寝て、起きたらここに立っていた。全く知らない場所にいるはずなのに、不安感などこれっぽっちもなかった。

「というかコレ俺の夢じゃねぇーのかよー!何でお前がいるんだよー!」

「しらなーい!」

二人とも風の中でも会話が出来るように大声で話さなければならなくて、それがまた可笑しい。

兄の方から正面に視線を戻すと、雲の上だった。遮るものは何もない。

朝日が昇る最中で、空は夜の色と朝の色が入り混じっていた。少し寒いがそれがまた心地いい。

「おにいちゃーん!何であたし悩んでたんだろー!」

「しらねーよー!そんなん話してくんなかったじゃんかー!」

兄は少し戸惑っているようだった。こんなに気持ちがいいのに!こんなに爽快なのに!

「わたしさー!ずっとお兄ちゃんもお父さんも頑張り過ぎててさー!ずっと心配だったんだよねー!」

兄はほんの少し顔を曇らせた。けどすぐ顔を上げて声を張り上げた。

「しょうがねえだろー!母ちゃん死んじまったし!父ちゃんは仕事頑張ってるし!俺も頑張らなきゃしょうがねぇだろー!」

そうだ、母は死んでしまったのだ。交通事故で唐突に。

私は暫し正面の朝日を眺めた。

母が死んでから父は顔つきがきつくなった。私と話している時は優しい顔と声色になるのに、一人でいる時や、兄と話す時は表情がきつくなる。

兄も変わった。昔は学校から帰るとそのまま友達と遊びに行ったりとか、部屋でゲーム三昧だったのが、家に帰ると買い物に行き、洗濯物を取り込んで、夕飯の支度をするようになった。

私は何もしてないのに。私の生活は何も変わってないのに。

「お兄ちゃんさー!」

「なんだー!」

「わたしも家族の一員だーーーーーー!」

わかっている。父も兄も私に変わらない生活を送ってほしいということを。一番のお母さんっこだった私を心配してくれているんだということを。

「お母さんが大好きだったーー!でもお兄ちゃんもお父さんも大好きなんだーーー!」

兄の目から涙がぽろり、ぽろりと零れた。それを風がすごい勢いで優しく運びさっていく。

「ばかやろうが…。」

「なーにー!聞こえなーい!!」

「ばかやろーーーー!俺もオヤジもお前のことが大好きなんだよーーー!だからだろうがばかやろーーー!」

兄の本音を久々に聞いた気がする。ついあははと笑ってしまった。

「わたしも家族の一員だからー!わたしも一緒に頑張っていくからーーー!」

兄は私の隣に並ぶと叫んだ。言葉かどうかもわからない叫びを、朝日に向かって。

私も一緒に叫んだ。風にかき消されそうでも、それでも私は叫んだ。

朝日と、大好きなお兄ちゃん、お父さん。そしてお母さんに向かって。

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