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皮膜
2024年10月17日 12:23
「ボクシングの選手生命って、案外、長いんです。体力勝負のイメージが強いけど、ダメージを蓄積させない技術があれば、割と長く現役を続けられます。要は、「打たせずに打つ」ってことです。相手の攻撃を読んで、巧みに回避し、隙を突いて攻撃を仕掛ける。海外では、まずこの技術を徹底的に教わります。けど日本は、「打たれたら打ち返す」式のトレーナーが多い。僕は、どっちかっていえば、「打たせずに打つ」タイプの選
2024年10月7日 19:00
秋の始まりの、日曜日の昼下がり、ニュータウンにある丘の上の公園。設計図に基づいて造られた人工的な空間に人人の姿が遠く見える。バギー押す人、フリスビーする人、呆っとする人。キャッチボールする人、小走りする人、呆っとする人。犬を連れる人、シャボン玉飛ばす人、呆っとする人。子どもたちの笑い声、親たちの穏やかな世間話、若者たちのすらりと伸びやかな手足、物思いにふける老人たちの眼差し。作り物の池
2024年9月26日 00:30
その企画展は、2,000円の入場料に見合わず在り来りで、Mさんは、足早に見て回り、出口にある注意書きの所で足を止める。「再入場は、できません」。そういわれると何だか惜しい気もしてきて、大して広くもないミュージアムを引き返して、念のため展示を眺め直したりしている。そして、思う。あの出口を出てしまえば、いつもの日常に再入場する。そして恐らくは、いつもの日常という会場の1つ1つにもまた、再入場が
2024年9月4日 18:37
キャンプから帰ってきた我が子は、少し大人びて見えた。たった2晩、離れていただけなのに。2晩とはいえ、こうして離れて過ごした経験は、初めてだ。「私がいてやらなきゃ」と気張ってやってきたが、何とかやっていけるもんだ。親も、そして多分、子どもも、そのことに気付けた。その意味は、大きい。「親はなくとも子は育つ」と人は、いう。もちろん、障害のあるこの子の将来を楽観はできない。でも、けれど、普通に考え
2024年8月26日 00:30
「こんにちは」。「こんにちは」。擦れ違い様、見知らぬおじさんやおばさんが私とOさんに声を掛けて行く。山の初心者である私は、ドギマギする。「あれは、自然の中で共に同じ目標に向かって進む人たちに特有の、いわば「同志」としての連帯感の現れなんでしょうね」。Oさんがいう。「それに、単なる社交辞令でもなく、挨拶を交わすことで相手の特徴を覚える。そういう情報が、遭難が起きたときの捜索に役立つことがある
2024年8月15日 00:09
From:Amazon.co.jp 件名:【重要】お支払方法に問題があり、プライム特典をご利用いただけない状況です。From:ヤマト運輸株式会社 件名:配達未完了のお知らせ【受け取りの日時や場所をご指定ください】それっぽい差出人からの、それっぽい用件のメール。世の中は、悪意に満ちている。そのリンクの先にどんな惨事が待ち受けているか、それは知らないけれど。私たちは、メールボックスの
2024年8月5日 00:30
漢字ドリルをやらされながら、小学生だったM君は、「書き順なんて、別にどうでもいいじゃないか」と思っていた。でも、先生は、いった。「書き順を学ぶことは、単に文字をきれいに書くためだけでなく、正しく速く書くため、そして漢字を深く理解するためにも重要です」。そして、「書は人なり」とも警告した。「美しい文字を書くことで、相手に良い印象を与えることができ、また、自分の表現力も高まります」と。「漢
2024年7月25日 22:46
BLTサンドが食べたくて、サブウェイにいる。「イラッシャイマセ、御注文ヲオ伺イシマス」。「ぱんノ種類ヲ選ンデクダサイ。ほわいと、うぃーと、せさみ、はにーおーつ、ふらっとぶれっどガアリマス」。「れぎゅらーデスカ、ふっとろんぐデスカ」。「オイル、びねがー、しーざー、野菜くりーみー、ばるさみこ、はにーますたーど、ワサビ醤油、ばじる、まよねーず、ほっとぺっぱーのそーすガアリマス」。BLTサンド
2024年7月16日 00:08
標高5,000メートルのチベットの村に暮らす羊飼いの話を、さっきからTVが映している。平均寿命45歳という過酷な環境の村で、彼は、もう十分に老人だった。以前は興味のなかった類いの番組。でも大病を得て、最近はこんな映像ばかり見ている。おそらくは、もう見ることもない風景や、会うこともない人の映像を。「いつかまたいつかそのうち人生にいつか多くていつかは終わる」。そんな誰かの歌をネットの海に投げ、
2024年7月4日 21:32
人間には8つの苦しみがある、とお釈迦様がいった。生きる苦しみ、老いる苦しみ、病に掛かる苦しみ、死ぬ苦しみ。愛する人と別れる苦しみ、恨み憎む人に出会う苦しみ、求めているものが手に入らない苦しみ、心身を形作る5つの要素から生じる苦しみ。長く生きて、7つの苦しみを知った。その1つ1つは、人並み以上の苦しみではあった。生まれたことは喜びだった気もするが、苦しみへの始まりでもあった。7つの苦しみ
2024年6月25日 00:30
おりひめとけんぎゅう。あみかざり。いちまいぼし。最初は七夕飾りに熱中していたこの子たちも、いつの間にか趣旨を逸脱し、思い思い折り紙に励んでいる。やっこさん。つる。ひこうき。小さな指先を不器用に使って1枚の正方形を変身させる。つまりそれら全て、開いてシワを伸ばせば1枚の正方形に戻る。この子たちも、そして私たちも、これから色色なことを経験し、色色な形に変身していく。でも、どんなに変身しても、結
2024年6月14日 23:48
防災無線から「新世界より」が流れ出すと、彼女は、決まって「家へ帰りたい」という。「息子がお腹を空かせて家で待っているんです」と訴える。「甘えん坊でねえ。小さい頃から鍵っ子で、寂しい思いばっかりさせています」という彼女をなだめすかせて夕食を取らせるのが彼の日課だ。「息子さん、ちゃんとお留守番してますから。これ食べたら一緒に帰りましょうね」。「どうもご親切に。あんたさん、忙しくはないんかい」。
2024年6月5日 22:18
終わりと始まりが美しく絡み合い、絶えず変化する円・のようなもの(cycl・oid)を描く星・のようなもの(planet・oid)の上に立つ私たち。テクノロジーの進歩によって、人工的な世界が生活に浸透し、安定性と秩序を備えた立方体・のようなもの(cub・oid)の中に暮らす私たち。男・のようなもの(andr・oid)と関わりながら事実・のようなもの(fact・oid)にアクセスし、その真偽を
2024年5月27日 21:26
駅前の雑貨屋の店先で、衝動買いに走った。柿色のミルクボールを2つ。その渋い色合いと、手の平にちょうど収まりそうなサイズが手頃だった。ポルトガル製のパスタ皿も、2つ。丸皿だけれど真ん円でもない、そのいびつなフォルムが素敵だった。そのミルクボールでミルクを飲みたいわけでもなかった。そのパスタ皿にパスタを盛り付ける予定も特になかった。それでも、少し迷って、4つとも買った。「誰か来たら一緒に使