見出し画像

それゆけ大豆民族

わたしにはすばらしい才能がある。

ひとつ目はどこでも眠れる才能だ。眠れなくて悩むことがほとんどなく、飛行機でさえ10時間ほぼ通しで眠れるくらい場所を選ばず眠れる。場所が変わろうが、騒音がひどかろうが、本当によく眠れる。不眠という症状に悩まされたことがなく、おやすみから10秒で眠れるという特異体質でもある。

そしてふたつ目は、なんでも食べられるという才能である。花粉症由来で豆乳だけは飲むと口の中が痒くなってしまうのでダメなのだが、基本的になんでも食べる。その時はただ単に食に興味がなかっただけなのかもしれないが、両親にも「陽菜は昔からなんでも文句言わずに食べてたよねぇ」と言われた。小学四年生のときには、家族でサイパン旅行に行きガイドブックに載っていた「サイパン餅」なるものを買った。家族全員ひとくちでギブアップしていたが、わたしは完食して家族全員からドン引きされたことを今でも覚えている。とにかく、わりとなんでも食べられる。

ちなみに奨学金の面接で、「留学は体力と精神力が強くなければ難しいと思いますが、その部分はどのようにお考えですか?」という質問に「わたしはどこでも眠れてなんでも食べれるのでまったく問題ありません!!」と高らかに答えたら受かった。身体の作りが粗雑なだけだなんて言わせない。

まあとにかく、わたしはそんな『才能』を持っているから、アメリカ生活(主に食生活)は全く問題がなかった。それどころか、「アメリカの生活に順応できているわたし」に酔いに酔いまくっていたから最低限の調味料だけ揃えて、日本食スーパーにもレストランにも行かず、日本の食品を見てもテンションを上げず、ハンバーガー美味しすぎ、白米全然炊かんわ、アメリカ飯最高などとほざいていた。全く、浮かれに浮かれた恥ずかしい留学生である。

そんな浮かれた留学生活も、1セメスター目を終えて慣れてくるとだんだんと目が覚めてくるし、身体は正直なメッセージを発信し出す。やはり、食べたくなるのだ。白米が、味噌汁が、日本食が!!!しかも、渡米後半年で気付くのはかなり遅いのだろうが「日本食作って食べた時の方が身体の調子がいいな......?」と思い始めた。どれだけアメリカ最高などと言っても、やはり染み付いた日本食への思いは消えず、ピザとハンバーガーとハラルのチキンオーバーライスばっかり食べていると口内炎ができるのだ。あと時間にも少し余裕ができたし、やっぱりもう少し節約したいな、と思うようになった。やはり、学食の高くてあまり美味しくないハンバーガーに6ドルも7ドルも払いたくはない。

自炊の道へ

わたしは23年間のうのうと実家暮らしを満喫していたので料理があんまりできず(する気もなく)スパイスから作るカレーだけ作れるという謎のスキルだけ持っていた。それをやる前にほかにやることあるだろうに、そういう暇で村上春樹作品が好きそうな男子大学生がやるようなことだけは一丁前にやっていた。改めて文章にするとわたしの生活力のなさは壊滅的だったと気付かされるが、米の炊き方も肉の保存方法も何一つわからないまま渡米した。そんな状態の人間が大戸屋もやよい軒もコンビニもない土地にいざ来るとどうなるのかというと、人間というものは不思議で、ちゃんと順応して家事をやり始めるのだ。「やらなければ死ぬ!」とは流石に言い過ぎだが、そういう状態になると人はちゃんと順応し生きていくのだなあと自分の行動に妙に感心していた。

そんなわけで日本食が恋しくなり、ここ最近は狂ったように料理をしている。わたしはバカの一つ覚えみたいに0か100かで行動をするから、毎日何かを作っては大量に作り置きをしている。作り置きで埋められていく冷蔵庫を見ては恍惚としており、また作った料理を褒めてもらいたいのでSNSから家族ラインまでいろんな人に送りつけている。本当に迷惑な人である。また、最近はただ見た目がいいという理由だけでアメリカで曲げわっぱを買い、弁当作りに勤しんでいる。ただやっぱり自炊初心者というか、偏食傾向にあるというか、ただのアホというか、ひとり暮らしなのに1週間に2ダース卵を使い切ってしまったり、1ガロンの牛乳を安易と飲み干してしまったりしているので、もう少しバランスには気をつけようと思っている。

浮かれたニューヨーカーはソイビーンズの夢を見るか

普段から料理をしている人にとっては何を今更、と思われるかもしれないが、日本食の味付けはほぼ同じなのではないかと感じている。どんなレシピを見ても醤油みりん酒砂糖、醤油みりん酒砂糖、醤油みりん酒砂糖!!!これらはアメリカでも簡単に手に入るのでありがたい限りである。とにかくこの調味料の組み合わせの多さにビビりつつ、そしてわたしはキッチンにある食材を見回してみた。

醤油、味噌、冷蔵庫を開けると納豆、豆腐、あと最近は安かったからきなこも買った。大豆だらけだな。日本人って大豆民族なのではないかと思うほど大豆由来の食品が多い。今までハンバーガーだのピザだのたくさんの小麦を食べていた反動なのか、もうとにかく大豆が恋しくなってしまったのだ。渡米後5ヶ月目あたりで納豆を食べたのだが、そのあまりの美味しさと懐かしさに驚き、その芳醇な風味を余すことなくしっかりと味わおうと噛み締めていた。日本にいるときは別に好きではなかった豆腐も、今では白く輝く美しい幻の食材に見える......とまで言うと言い過ぎだが、わたしのなかで美味しさの再発見が何度も何度も起きている。

アメリカ人の友人が「おれはアメリカ人だからおれの身体を流れる血はピザなんだ!」と言っていた。なかなかに意味不明ではあるが、浮かれた留学生がどれだけ「アメリカ飯うまい!最高!!」などと言っても、わたしの血はケチャップでもグレービーソースでもなく、醤油なのだ。

どうしようもない故郷の食への根源的な欲求を認め、誇り高き大豆民族としてわたしは今日もせっせと醤油を垂らした納豆をかき混ぜる。味噌汁には豆腐を入れて、食後にはきなこ牛乳を飲もう。

負けるな留学生、それゆけ大豆民族!

よろしければサポートお願いいたします。