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大人の人生観・恋愛観・結婚感

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若い頃には感じなかった人生観や価値観などを語ったもの。
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#ひとりごと

斜め45°から向き合う

仕事が一段落したことで時間や気持ち的に余裕ができた。だからといって今まで忙しいという理由で向き合えなかったものが向き合えるようになったわけではない。片付けがその一つ。よく明日試験というときに限ってキレイにしたくなるのがいい例で、時間の余裕がやる気を出すわけではない。 「書くこと」に向き合えていなかったのは、忙しいからと思っていたけれど、そういうわけではないらしい。インプットが足りていないのに無理やりアウトプットしようとしていたのだと思う。わかりやすく言うと食べてないのに無理

2021年を振り返ってみた

気がつくと2021年が終わろうとしている。この数年は年末感を感じないことが多かったが今年は特にその傾向がある。そして暑い寒いなどの温度感は肌に感じながらも、それが季節の変化であることに鈍感になった。東京オリンピック・パラリンピックが行われたのが数ヶ月前のはずなのに遠くに感じる。その割に昨年の紅白歌合戦はついこの間だったような感覚もある。時空が歪んでいるのではないかと勘違いする。 私の2021年はいろいろな感情が複雑に合わさり凝縮された年だったような気がする。 母の死 寝

妙齢のクリスマスの過ごし方

今年のクリスマスはどのように過ごしてますか?。 24日のクリスマスイブは金曜日、そしてクリスマスは土曜日ということでいつものクリスマスよりも盛り上がっているのだろう。私にとってクリスマスの存在は憂鬱でしかなかった。まわりが騒がしく浮かれるのと反比例して私の心は沈んだ。それは家族であれカップルであれ幸せに過ごす日と信じていたからだと思う。家族のある人と付き合っていたことがある。クリスマスはその家族と囲んで楽しくすごしているのかもしれない。その空間の中には私は存在しない。どうし

なんてことのない日常の話。時々グチ。

ここのところの投稿は少し力が入っていたので、たまにはゆるゆるな日常を書きたい。そしてあまりグチをいうのは良くないけれど、たまには吐き出してもいいのではと思う。だから今日はただただ語ってみようと思う。 卵売り場がわかりにくい どこのスーパーに行っても不思議と卵売り場を見つけられなくてほぼ100%「すみません卵はどこにありますか」と店員さんに聞いている。 twitterでつぶやいたところ「わかる〜」「私も〜」という意見があった。週末はいつもとは違うスーパーに行くことが多く、そ

ポジティブにも前向きにもなれない夜でも朝は来るらしい。たぶんね。

今、ノンアルコールビールを飲みながら書いている。正直にいうと美味しくないしどうしてビールの代わりにこれを飲まなくちゃいけないのかと思う。そもそもビールは好きではなく乾杯の時に仕方なく「とりあえず一杯」を飲むが、それに含まれているアルコール分は「はかいのつるぎ」に変換され怖いものなしの状態になれるため悪くはないと思う。私はゲームをやらないので「はかいのつるぎ」が強いのか弱いのかわからないけれど、なんとなく強そうなので例えてみた。だからアルコールがないビールは私にとって何のメリッ

本当は料理が嫌いではなかったのかもしれない

週末になるとスーパーで食料品を買い込む。 それは大人になってから長い長い間行っていたが、楽しんで買い物をしたことはなかった。週末以外はまともに料理をしていなかったし、その週末すら惣菜や冷凍食品をレンジでチンで終わらせることが多かった。 かつて、母から「料理を手伝いなさい」とよく言われたが、それが苦痛で仕方なかった。母は料理がとても上手な人であったが、私と食の好みが異なっており素材選びや味付けで反発することが多く「それだったら手伝う必要ないでしょう」と母からも料理からも逃げ

きっと私は解放されたのだと思う

母の四十九日の法要と開眼供養、納骨を終えた。 納骨の予約の際に「開眼供養(かいげんくよう)が必要なのでワンカップのお酒と一握りの塩と研いだお米を持ってきてください」と墓地の担当者より言われ「開眼供養」が一体なんなのかわからずに確認したところ「その墓地に初めて遺骨が納められる際に行う供養のことです」と言われ納得した。両親は自身のお墓を予め準備していたが、母が亡くなり今回始めてそのお墓を本当の意味での「お墓」にするということなのだろう。 納骨の朝、家に置いていた遺骨や位牌や写

その不安は雨と同じなのだろうか

電車を遅延させるほどの大雨だった。各地で大雨警報や土砂災害警戒情報が出ていた中、実際に被害が出た地域がありこれ以上広がらなければいいと願うだけである。自然の力は想像以上に強くそれに逆らうには人の力ではどうしようもない。 そんな雨の日に恋人に会いに行った。会うのは久しぶりだった。久しぶりといっても短い時間では頻繁に会っていたし、電話で話すこともあった。LINEでは朝「おはよう」とお互い声をかけ、夜は日々交換日記をしている。そういう意味では久しぶりではないが、二人で丸一日を一緒

note1本書くほどでもないけれど〜「おじさん構文」「高齢者のITリテラシー」「自分のご機嫌をとること」〜

おじさん構文数日前にtwitterでトレンドにあがっていたのでなんだろうと思って見たら「めざましテレビ」で特集されていたらしい。おじさん構文とは「中高年の男性が主に女性に対して送りがちとされる、絵文字の多用や句読点の打ち方、語尾のカタカナ変換などに特徴がある文体を指す」であり、最近ではブームになっているらしく「おじさん構文ジェネレーター」なんてアプリまである。 そして「女子が選ぶおじさんぽい絵文字」はこれらしい。(写真はネットから拝借しました) この中で2位の絵文字は良く

その夜を握りしめる

ふと、切ない恋愛について書きたいと思った。揺さぶられたくないと思いながらも、その中で溺れたかったのだろうか。 愛することは感情の幅が上に下に左に右に広がるものなのかもしれない。喜びが広がれば切なさや苦しさも広がってしまう。無くても平気だったはずなのに、その温かさを知ってしまったがために失うことが怖くなる。 手のひらにのせた温かさが、どこかへ連れさられてしまうのではないかと握りしめ守る。けれどいつも力が入りすぎて壊してしまう。 手のひらには、ただ不安だけが残っている。

「ジーパン」という言葉は死語ですか

私は腰で履くローウエストのボトムスが好みだが最近のボトムスはハイウエストがほとんど。背が低いからなのかあるいは履き方が悪いのか股上が深すぎてウエスト位置ではなく胸の下になってしまう。それは私だけなんでしょうか。結局はトップスをインしないのでローなのかハイなのかは外からは見えないが、胸の下にウエスト部分がくると厚みが出る感じがして気持ちよくない。 ダイエットをしたために、スカート・ワンピース生活からパンツスタイルに挑戦しようと思った。何度も言っているが、背が低く足が短いため裾

「ソロ活」って特別なことではなく、私にとっては普通のことなんだけれど

一人の時間を大切に過ごす「ソロ活」という言葉が注目されているらしい。 「ソロ活」とは、単独を意味する「ソロ」+「活動」の略。誰かと一緒にではなく、ひとりで好きな場所へ行き、ひとりで好きなことをして、有意義な時間を過ごすことを指します。 この「ソロ活」という言葉はかつて「おひとりさま」と言われていたと思うが、いつから「ソロ活」という言葉に変わったのだろうか。これらの言葉はなぜか「女性」に対して使われる。それは「男性=ひとりで行動する」「女性=誰かと一緒に行動する」というイメ

毛の話を語る

なかなか口に出すことはないかもしれないが、たぶんみなさん気になっていると思う。無いと困るし有ると邪魔だし、生えてほしいところに限ってあまり生えず、生えてほしくないところにはしっかりと根付く。 毛 自分の毛の話はとてもセンシティブなため語り合うことはもちろんのこと、できるだけ話題に出したくないものであるが、なぜか第三者の毛の話は盛り上がる。そういう話で盛り上がること自体どうなのかと思うが、毛の話においてはつい自分のことを棚に上げて話題にしてしまう。 下世話な話なのだろう。

妙齢のひとりごと(重力を恨む日々にさよならできる日はくるのだろうか)

鏡を見ながら「ほうれい線が」「口元のたるみが」などとため息をつくことが増えてきた。自分をできるだけ直視しないようにするためにメイクする時は部屋をすこし暗めに設定する。この年齢でいることに不満はない。この先のことがどうしようもなく不安だしあの時に違う選択をしていたらと思うことはあるが、若い頃に戻りたいわけではない。 しかし、お肌は別である。 ここのところ「重力」を毎日のように恨んでいる。理科の授業で教わったと思うが「重力」とは地球の引力と自転によっておこる力をあわせた力のこ