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好きなことを仕事にするって、つまりはこういうこと

イラストレーター・取材&コラムニストの陽菜ひなひよ子です。

この記事を書くきっかけになったのは、この超話題(だったであろう)記事(リアルタイムで体験できなくて残念)。

「好きを仕事に」ってこういうことじゃない、のたとえが面白い。

焼き肉が好きだからと言って焼き肉屋になってもしあわせじゃない。
本が好きだからと言って本屋になってもしあわせじゃない。
カフェが好きだからと言ってカフェを経営してもしあわせじゃない。

これ、そういえばそうだよねって話で。

「夢をかなえるゾウ」の

「仕事=作業」だから、仕事は「ブランド」で選ぶと不幸。好きな「作業」を選ぶとしあわせ。

にはすごく納得できる。

じゃあ、どうしたらしあわせなのか?


逆に考えてみると。。。

本屋になるといいのは「自分が読むことも好きだけど、それ以上に人に好きな本をすすめることが好きな人」だろう。

同じように、カフェを経営するといいのは「コーヒーを入れて人に喜んでもらうのが好き」な人。

本を読むことが好きな人は、書評を書いてその道のプロになる、というのもいいけど、仕事になってしまうと、本を純粋に楽しめなくなるかもしれない。本を読むことが好きでも、感想を書いたり、人に伝えることが好きとは限らないし。

カフェ好きな人が「カフェ好き」を仕事にするのはもっとハードルが高い

仕事上でもカフェを使えるようにすればいいのでは?と一瞬考えた。たとえば、リモートやフリーランスの人がカフェで仕事する、とか、打ち合わせでカフェを利用する、というのはどうか。

でも、仕事しながらカフェにいるってのは、「カフェ好きな人」が本当に好きなことなのだろうか?まったりできるから好きなんじゃないのか?と考えると、やっぱり違う。

意外にも、焼き肉好きの方が仕事に生かせそう。

・焼き肉のたれのメーカーに勤務する
・バーベキューの達人になって人に教える
・焼き肉専門の大食いタレントになる
・焼き肉食べるチャンネルのYoutuberになる


絵描きは、本当に絵を描くことが好きなのだろうか?

たとえばわたしは絵描きで文章も書くし、絵を見ることも本を読むことも好きだけど、画廊や画材屋や書店で働くのに向いてるかと言えば、そうでもない、と思う。

ウチのオットはカメラマンだけど、カメラが好きなわけではないので、カメラ屋で働くという選択肢はないようだ。

でもそこでふと、そもそも、わたしは本当に絵を描いたり文章を書くことが好きなんだろうか?と考えてみると、最近ちょっと違うような気もしてきた。

昨日(10/2)のこと、地元愛知県安城市にあるアンフォーレ館(図書館)で講演をした。

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最後に質疑応答を行ったのだが、その際にこんな質問をされた。
「絵を描く人は、いつも絵を描きたいと思うものなんですか?」

その質問が来た時に、ああ、聞いた相手が悪かった、ごめんなさい、と思った。

ちょうどこの記事を書きかけていて「わたしは本当に絵を描くことが好きなんだろうか?」と自問自答していたところだったからだ。

こういうとき、わたしは本当に正直で。相手の望む答えを言ってあげられない。ホントにごめんなさい。

「わたしは最近は絵より文章を書きたいと思うことの方が多いです」

さすがにこれではまずい、と思って付け加えた。

「でも、わたしの周りのイラストレーターの中には、わたしよりずっとたくさん絵を描いていて、たぶん、絵のことばかり考えている人もいます」

正直、ここ数年のわたしは、絵が描きたいという衝動よりも、絵を描かねばという焦燥感で描いていることの方が多かった。絵は描けば描くほどうまくなるけど、描かなければてきめんにヘタになるからだ。

プロとして、過去の自分より今の方がヘタになることだけは避けたい。

仕事で描く以上、絵が描きたくないときも、描きたくないテーマの絵でも描かねばならない。描きたくないときにも描くことを繰り返すうちに「描きたい」という強い衝動は希薄になって行くものなのかもしれない。

絵と比較すると、文章の方は「書きたい」という強い衝動に駆られて書くことがすごく多い。

でもそれは、本当に「文章を書くこと」が好きだからなのだろうか?


好きなのは「創作すること」か「追求すること」か


文章といっても種類がある。論文などを除く娯楽的な文章は、大きく

・自分で創作する「小説(フィクション)系」
・取材や調査などを元に書く「ルポ(ノンフィクション)系」

に分かれると思う。

たまに「小説は書かないんですか」と聞かれることもある。昔は書いていたけれど、今は全く書いていない。コッソリ書いてデビューを狙っているという事もまったくない。

なぜかと言えば、わたしが好きなのは、「物語を創作すること」ではないからだ。

何かについて調べ、その問題点や核となるものを追及して、共通点を見出し、それを取りまとめていく。

たくさんの情報の中から精査して、ひとつの真実を見つけ出し、真実を積み重ねてエンタメを作り上げる。

わたしがやりたいのはそういうこと。

それはまさにインタビュー記事に集約されるではないか!


「文章を書きたい」と漠然と考えている人は、本当にやりたいことは「創作(フィクション)」なのか「追求(ノンフィクション)」なのか、よくよく考えてみるとよいと思う。

エッセイは「ノンフィクション」。追求というと仰々しいルポルタージュ的なものを思い浮かべるかもしれないけれど、エッセイにも物事の深堀は必要。


庭仕事と針仕事に見る共通点

ここから先は、全く個人的な話だけど、今まで不思議だった。けれどどれも「作業」という言葉を当てはめると納得がいく。

30代前半、庭造りにはまった時期がある。

庭というのは10年スパンで考えねばならない。完成までは気の遠くなるような時間を要する。

それなのにいつも、庭の設計をして、植える花木を決めて、植えた時点で満足してしまう。そこで花が咲いた庭の姿を想像したら、実際には見なくてもよいほど。

なんなら、まだ花が咲く前に掘り起こして移動することもあった。花が咲くころにはもう「今の庭」に興味を無くし、また別の庭を夢想する日々。

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40代前半の頃は、帽子づくりにはまった。

帽子に関しては、膨大な布の中から「これ」を言うものを選び出して布をカットし、パーツを組み合わせて並べて「これ、ステキ!」と思ったらそこで満足。実際に縫って完成はしなくてもいいくらい。

帽子には前段があって、20代後半にはパッチワークにもはまっていたのだ。パッチワークなんてまさに、布合わせだから楽しくて。

自分では縫物が好きなんだと思っていたけれど、実はそうではなかったのだ。

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ここまでを振り返ってみると、自分は何かを「設計」したり「組み立て」たりすることが好きなのだ、と思う。

もちろん、図面を書くという意味ではない。

異質なものの中に共通点を見出したり、その中の本質や核を見つけ、最終的にそれらを設計し、組み立てる

わたしのしたい「作業」とは、そういうこと。


再度問う、絵を描くことは「本当に好きなこと」なのか?

では、自分はイラストや文章の仕事が向いてないのか?と不安になったが、そんなことはない、と思い直した。

思うに、湧き上がる衝動のままに絵を描くのは、いわゆる「芸術家」のひとたちだ。絵に自分の思想を込めたり、新しい芸術を見せつけるために描く。そんなひとはきっと、心に湧き上がるままに絵を描くのだろう。

イラストレーターの仕事はそういうものではない。

何かしらのテーマや用途のために描くのがイラストレーションだ。厳密にはイラストレーションは「絵」という意味でもない。「図表」という意味だそうで「何かを説明するための絵や図」と捉えるのが正しい。

わたしはテーマのない絵が苦手だ。

今まで絵を描いていて、いちばん喜びを感じたのはマンガだったし、絵日記やルポなど、そこにストーリーのある絵を描くことが好きだ。ストーリーの中にも、本質をつかみ、設計することは必要だからだ、と思う。

逆に、テーマやストーリーはなく、なんでも自由に描いてください、といわれるのがいちばん困る。

わたしの場合、好きな「作業」である「調査や追及や設計」の先に「書くこと」がある。「書くこと」も決して嫌いではなく「得意なこと」といっていいかもしれない。

好きな「作業」は「書くこと」ではないけれど、仕事の中で、好きな「作業」を行っている

つまり、わたしの場合は「好きを仕事にしている」といえるのではないか。

そんな結論で、この長くなったコラムを締めたいと思う。

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&インタビューライター

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陽菜ひよ子 / イラストレーター&インタビューライター
著書「ナゴヤ愛 」(秀和システム)他2冊既刊。中日新聞広報誌・朝日新聞Webメディアにて取材+コラム連載中。代表的なイラストのお仕事はNHK Eテレ「すイエんサー」。その他お仕事実績多数。インタビューとひよことプリンとネコが好き。http://www.hiyoko.tv/