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「劇団員も労働者」〜当たり前だけど当たり前じゃなかった、けどどうにもならないジレンマ〜

劇団員が労働者であるか否か(労働者性)が争われた訴訟で、画期的な判決があった。元劇団員の男性が、劇団の運営会社「エアースタジオ」に未払い賃金の支払いをもとめた訴訟の控訴審で、東京高裁は9月3日、男性が公演に出演したことなどについても労働者性をみとめて、会社に対して約186万円の支払いを命じる判決を下した。(中略)1審の東京地裁は2019年9月、裏方業務(大道具・小道具・音響・照明)については労働者性をみとめて、会社側に対して約52万円の支払いを命じた。2審・東京高裁はさらに、出演・稽古も、会社の指揮命令に服する業務だったとして、労働者性をみとめ、1審判決を変更した。-弁護士ドットコムニュース

判決で、裏方業務はもちろん稽古や出演にも労働が認められた

当然と言えば当然だし、バイトをする時間も削られて拘束されているのに労働ではないとはどういうこと?という話ではあるのだが。
普通の会社として見ればただのブラック企業だ。私も賃金を払うべきだとは思うし払えるなら払いたい。

演劇が「フリーターのお遊びサークル」などと言われてしまう所以は、この賃金のこともあるのだと思う。自腹切って大したお客様(動員1000人とか)も呼べず、小さなどこにあるかもわからない劇場でまるで自己満足の様に舞台を行なっている。私はそうでない人もたくさんいるのを知っているが、それも「内輪」と言われてしまうのだろう。

私は稽古や出演に対価を払いたいと思っているが実際にはチケットノルマで劇団を運営している人間だ。交通費の3割をギャラとしていたり、ノルマ人数の4倍近い会場を借りて11万チケットバックで返したことはあるが、やはり拘束時間も給料をという話になるとチケット代を5倍近く上げないと難しい。誰がそんな公演見に来るんだ、劇団四季のA席で舞台が観れる値段だぞと思う。

日本は役者が資格ではない。小劇場組合みたいなのも、全員が入っているものはない。だからこそ玉石混合になっている。それがいいのか悪いのか私にはわからない。

演劇は芸事の一種だ。演技という芸。
ただ、他の芸事とちょっと違うのは下積みがなくても舞台に出られることだ。他の芸事に詳しい訳ではないが、何もやったことない人間が大学などで「今日から役者やります、チケット売ります」と言ってチケットを売ればお金を貰える世界なのだ。それが対価に見合うかどうかは置いておいて。

内部にいても「ちょっと異常だな」と思うこの世界。
現状とこの判決によってどうなるのか、私なりに考えてみようと思う。

9割の劇団は消えてなくなる

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先程、稽古時間も賃金が必要ならばチケットの値段をかなり上げなければならないと言った。その金額があれば日本の演劇界を代表する劇団四季の舞台がかなり良い席で観られる。そんな価値は、多くの人にとって小劇場にはない

「ビジネスモデルが悪いんだろう?」と言われれば反論できない。劇団の収入の大半はチケット代だ。そして準備期間・稽古期間・本番はどんなに早くても2ヶ月はかかる。2ヶ月休みなしの爆速で動き続ければ公演はできると思うが長期で考えると現実的ではない。2ヶ月の収入を1週間程度で稼ぐ。舞台には役者しか立っていないがその裏では役者と同じ数かそれ以上の人間が動いている
スポンサーという話もあるが、大した集客力もない劇団にスポンサーがつくメリットがない。もしスポンサーの力で演劇がしたいなら、企業が望むシナリオを作り集客力のある役者を配役しその他様々な努力が必要だ。自分の表現をしたい人間にとってはそんなに良い話に聞こえないだろう。
コロナの時代に突入してから、ライブ配信や映像で観劇する方法、ライバーの様に投げ銭で活動する人も増えた。うまく行けばここから活路を見出す人もいるかもしれないが、現状で目立った功績が出ている人はあまり多くはない。
ビジネスモデルは改良の余地がない訳ではないと思う。ただ、改良できたとしてもそれで食っていける保証はない。

稽古期間にも賃金が発生する、というのは当然と言えば当然だ。劇団に時間を拘束され求められる役割がある。ただ、現状の多くの劇団ではこれをやってしまうと何百万の赤字になるだろう。

そうすると、多くの劇団は消えてなくなるのではないか。
「淘汰されて良いではないか」と思うだろうが待ってほしい。
これでは「本当に実力のある役者」が消えてしまう恐れがあるのだ。

「実力がある役者」と「客が呼べる役者」は違う

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公演の収入の大半がチケット代である以上、お客様を呼べる役者というのが重宝されるようになる。「お客様を呼べる役者は即ち上手い役者では?」というのは大きな間違いである。

もちろん、実力も集客力もある役者も存在する。ただ、現状のビジネスモデルで重宝される「お客様を呼べる役者」が大半を占めると、演技の質の担保が難しくなるのは想像に容易いのではないだろうか。
いわゆる「イケメン舞台」「アイドル舞台」と呼ばれるジャンルは集客力の高い役者がメイン役抜擢される。ただ、彼らが他の舞台上にいる誰よりも演技が上手いとはなかなか言い切れないことが多いのではないだろうか。

公演が赤字になるのならばお客様を呼べる役者で公演を、となると今よりもさらに演劇の未来が暗くなると私は思う。

だからと言って不当労働を擁護する訳ではない。
イケメンやアイドルと呼ばれる人が前に立てるのは、おそらく演劇ならではの事情があるのだ。

芸事なのに誰でもできる

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子供の時、習い事でバレエやスイミング、英会話や野球、サッカー(今時ならダンスやボルダリングもあるのだろうか)などの習い事をしていた人も多いだろう。
これらは、最初習い事としてお金を払って芸を教えてもらう。いきなりバレエのコンクールに出たら金賞もらえたとか初めてバットを持ったのに試合でホームランを打ったとか、正直バケモノ級の天才じゃないとできないことだ。

ただ、演劇は「明日から舞台作ります。演劇やったことないけど主役やります。お金も取ります。」が通用してしまうのである。

習い事の発表会にしたって、ちゃんと日々の稽古をして先生に教えて貰ってから行うだろう。その先生はずっと前からその道を歩いている。発表会だって「これは発表会だからね」という気持ちでチケット代を払っても少なくとも損をした気分にはならないだろう。

さて、演劇はどうだろう。
「明日から舞台作ります。演劇やったことないけど主役やります。お金も取ります。」が通用してしまうのである。そして大抵の場合「発表会」ではなく「旗揚げ公演」などと銘打ち公演を行う。もちろん最初は友達が来てくれるから内容は発表会とさほど代わり無いのだが、はてさて先生や師匠がいない状態で、独学で演劇をしていて「実力のある役者」というのは初めてバットを握ってホームランを打てる天才だけなのではないか

演劇は習うという工程がなくてもできるものである。
私はそれはそれで良いと思っているし、表現の自由が公には認められているこの国で「演劇がやりたい!」と思ってポンと始められるのは魅力の一つだ。

ただ、それは自分の趣味で演劇をしているからであって決して労働として演劇をしている人ではない
師匠もおらず、経験もままならない人が「舞台に出たいので給料ください」と言い出したら門前払いだ。

おそらく、この話に抵抗がある人もいるのではないかと思う。
「経験がないなら教えてあげればいいじゃない」と思うだろう。
先ほども書いた様に、演劇は師匠や先生がいなくても教育されていなくてもできるものである。これには裏があって「演劇を専門に教えてくれる機関が少ない」というのもあるのではないかと思っている。

演劇は全くカジュアルではない

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劇団ひまわりなど、児童劇団と呼ばれる部類のものはどちらかというと子役育成の方針が強い。だからこそ演技をしっかりと叩き込まれるが月謝が高かったり入団試験があったりと入れる人はごく一部だ。
養成所もあるが、ちゃんとした教育を施してくれるところならきちんと教育してもらえると思う。しかしべらぼうに高い学費に大したことのないレッスンなどというところもあると聞く。

端的に言えば、幼少期に親から高い月謝を払ってもらえるか、教育をしてくれる機関に入るかなのだが、問題はそれが習い事感覚でできないことである。

演劇と他の芸事(習い事)の違いはカジュアルさだ。市街地と呼ばれるところに住んでいるのならば、何かを習いたいと思えばバスや電車などに乗って通える距離にスクールがあるのではないかと思う。

演劇は、演劇教室などはあっても全国にいつでも習えるという体制にまでは整ってない。だからこそ「演劇やったことないけど主役で舞台たちます」が許されているのではないかと思う。

誰でも公演を作れるカジュアルさと、簡単に習えない現状。
師匠がいなくても実力がなくても、お客様を呼べれば舞台で重宝される。
それが、私が見ている演劇の現状だ。

労働の対価は支払いたい。けれど力のない人は雇いたくない。

できることなら、役者に多くの賃金を渡したいと思っている劇団は多いだろう。しかしそこには「チケット売り上げ至上主義」が蔓延り、なおかつ実力をつける環境が整っていない現状がある。

「役者に労働の対価を」というのに大声で反対する人はいないだろう。けれど、諸手を挙げて喜べる劇団もないと思う。
末端のチケット代の値上げで済む問題ではない。その前の、演劇という芸を身に着けるまでの過程も今一度見直して、何十年かかってでも体制を作らなければならないのではないか。カジュアルな演劇があることに私は賛成だ。誰もが自由に公演を打てるこの日本は世界でも珍しいらしい。

ただ、「役者に正当な対価を」と簡単にいうのであれば、ちゃんと教育を受けてから言ってほしいとも思う。

なんて、私も簡単に言ってしまうのだけれど。

いただいたお金は!!!全て舞台裏のためのお金にします!!!!殺人鬼もびっくり☆真っ赤っかな帳簿からの脱却を目指して……!!!