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【最終話】探偵は甘すぎる~限定スコーンでアフタヌーンティー


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<神のご加護がありますように>

 オレが拓巳の祭壇が置かれた母屋の一室へ駆けつけた時、西園寺まどかは畳に横たえられていた。
 使用人曰く、棺を覗き込んだまま昏倒していたというが、幸いまだ息はある。

「救急車は!? 早く呼べ!」

 ドライアイスのトリックは暴いた。
 羊子と時透には注意喚起もした。
 にもかかわらず、なぜこんな真似ができるのか、本当に理解に苦しむが、これもアイツのトラップがこいつらには有効すぎたのだと思うよりない。

 別方向から聞こえた悲鳴は、確認に走った静佳曰く、申が自室で首を吊ろうとしていたのを使用人と周午が見つけたために起きたものだと後で知った。
 あの男に何か吹き込まれたのか、それは定かじゃないが、確かめようにもまともに話はできない有様らしい。
 呪いによる心霊現象自体はなかった。
 だが、この一家は確かに人に呪われてはいたのだ。

 昨日の今日で、再び警察はこの家にやってくる。
 当主の死去からふた月を待たずに、西園寺家が崩壊していく。
 そのなかで、依頼人である西園寺羊子は時透に付き添われながらも、自分の目で見届けようとしている姿が印象的だった。

 *

 なぜこの老い先短い私の復讐に手を貸してくれるのかと聞いた時、あなたは言った。
 それが神の意志なのだと。

 *

 関係者として一応の事情聴取を終えたオレたちは引き上げることにした。
 殺人事件の立件だの断罪だのは探偵の領分じゃない。
 当初の依頼は果たしたのだ。
 手短ではあるが、オレたちは彼女たちへ、今回の一連の事件の真相を伝えてあった。
 詳細は後日あらためて調査報告書としてあげることを約束しつつ、これをどう処理するかは依頼人の判断に任せると告げる。

「朝日野さん、月影さん、今回は依頼を引き受けてくれてありがとうございました」

 時透の表情にも疲労は見えるが、その微笑みはあいかわらずたおやかで穏やかだった。

「この度は大変ご迷惑をおかけしました」

 羊子が、深くうなだれるようにこちらへ頭を下げる。

「とんでもない。ただ、今回の調査があまり良い結果とならなかったことに責任を感じています」「……いえ、それは……覚悟はしてましたから」「そうですか」

 警察の介入を嫌がる家人たちの中で、あえて探偵に調査を依頼した時から、彼女はどこかでこうなることを予感していたのだろうか。

「誰にも、父にすら視界に入れてもらえていない私ですが、西園寺家の人間として、どうしていくか考えたいと思います」

 痛々しいほどの重荷を肩に背負っているのが見える。

「あの……っ」

 オレの隣に黙って控えていた静佳が、めずらしく、思わずといったふうに声を上げた。

「あの、たぶん、ですけど。あなたのお父さんはあなたに無関心なわけじゃないと思うんだ」「え?」
「だって名前、あなたの羊子という名前、サンズイの洋じゃなくて、わざわざ羊の文字を当ててるでしょう? 羊は、十二支のひとつだ。辰彦さんから拓巳さん、周午さんと、辰、巳、午、と続いて、あなただから。いとこが申とかいてシンなのもね、ちゃんとあなたの“次”になってる」

 必死に言葉をつないで、必死に伝える。

「それに、距離を置いたのも、もしかしたら十年前のひき逃げ事件が要因で、そこに娘であるあなたを巻き込みたくなかったのかもしれないし……あ、ええと、こ、これがあなたの重荷にはなってほしくないんだけど、でも、その、ああ……」

 静佳の視線が、所在なげに地面へと落ちていく。
 気休めになるどころか、どんなに言葉を尽くしても彼女の痛みにつながるのでは、と、そう考えたのかもしれない。

「月影さん……」

 戸惑いながらもなんとか静佳の伝えたことを飲み込もうとしている羊子へ、その必死さへ、オレもこれは言葉にしておくべきかと考える。

「なあ、羊子さん。オレからも君に、これは探偵ではなくひとりの人生の先輩としてのアドバイスなんだが」
「はい?」

 その瞳をまっすぐに見つめて、告げる。

「家族だろうが他人だろうが、相手に支配権を与えるな、優越感に浸らせるな、略奪と搾取を許すな」
「……朝日野、さん?」
「クソみたいな家に縛られる必要もない。しがらみは振り解いて、あんたはあんたの人生を生きていい」

 ついに、彼女の見開いた両目からぽろりと涙があふれる。

「……はい……、はい、ありがとう、ございます……おふたりにお会いできて、ほんとに、よかった……」
「ね、羊子さん、私もあなたをひとりにしないから」

 時透に労わるように肩を抱かれ、ハンカチを差し出されて、彼女はいよいよ泣きじゃくった。

 後のことは時透に任せ、オレたちは退却だ。もろもろ使う機会のなかった調査器具や荷物を積んだ車へ向かう。

「……ジョーは優しいね」
「お前ほどじゃねえけどな。オレは女子供には優しいんだ。知らなかったのか?」
「ううん、知ってた」

 オレの過去を知る静佳の目が少しだけ潤んでいたが、見ないフリをして、とっとと助手席に乗り込む。

「帰るぞ」
「うん」

 延々と降り続いていた雨が、ようやく上がったのだろう。
 雲の隙間から、太陽の光が差し込んできた。

 *

 願わくば、私にも神がこの世にいるのだと信じさせてほしい。

 *

 後日。

 依頼人に宛てて調査報告書をおくったところ、西園寺羊子と時透かなめの連名で依頼料の振込報告とは別に手紙と荷物が届いた。

 まどかは一命を取り留めたが意識はまだ戻っていないらしい。
 息子の申は、無免許による轢き逃げ犯の容疑者として、警察の取り調べをうけることになったと綴られていた。
 拓巳の柩の中に西園寺申が起こしたひき逃げに関する調査資料が入っていたというから、まどかや拓巳が行李だの柩だのをのぞき込む餌がそれだったのだと推測できた。

 そして、遠野榮太郎は、孫の玲が勤める都内の病院で息を引き取ったという。
 身内の治療は担当できないと聞くが、最期の時間を共に過ごせたのならよかったと思う。
 榮太郎はおそらく、孫娘をおのれの復讐に巻き込まずに済ませるよう手はずを整えていたのだろう。

「あ、西園寺家は事業を縮小して周午氏が引き継ぐけど、羊子さん自身は看護師の道に進むために勉強を始めたんだ。すごいな」

 手紙を読み進めた静佳が嬉しげな声をあげる。
 だが、その表情も声も、次の文章で沈んでしまった。

 遠野医師が付けていた日記から今回の行動へと傾いていった経過も判明したが、遠野玲を騙り、復讐代行者だと語ったあの男の痕跡は辿れず、結局は行方知れずのままだ。

「……僕にはあの人がよくわからなかったな……十年前のひき逃げの証拠や証言を見つけられるんだから調査能力は高いんだと思うけど」

 心に柔らかい部分を持ち、他人にも性善説で向き合うタイプのこいつには、あの男は理解し難い存在だろう。

「あんなに純粋な笑顔で人を殺すことを善行のように説かれたら、怖いよ」

 探偵という仕事柄、オレも静佳も人間の裏の顔というやつは飽きるほど見てきた。
 悪意も善意も、裏も表も、清濁を併せ呑んだうえで調査に踏みこまざるを得ないことも多かったが、今回その色合いがあまりにも違っていた。

「あいつからは愉快犯の匂いがすんだよな」

 そういえば静佳は、幽霊よりも人間が怖いと言っていた。
 いや、あの男は殴ろうと思えば殴ってどうにかできそうではあったんだ。そこは幽霊よりましだろ、とは言わないでおく。
 それよりも今、オレは目の前の由々しき事態をこいつに伝える方が先だ。

「やばいぞ、静佳。限界だ」
「え?」
「まじでやばい」
「え、なに!?」
「冷凍室がもうどうにもならん」

 先程からかなり頑張っていたが、オレの手に負えない事態となっていた。

 手紙とともに届いた荷物は、時透かなめセレクションの有名店限定スコーンの冷凍詰め合わせだ。
 だが、少し前に三越の英国展で大量に買い込んだスコーンが、もとからあまり余裕のない冷凍室を完全に圧迫しており、かつ、食材のパズルをもってしても抗えないレベルになっている。
 このオレの焦りに追い打ちをかけるように、冷凍庫が長く開けすぎだと警告音を発してきた。

「これは、たしかにやばいね」

 思わずやってきた静佳が、背後からこちらをのぞき込む。

「しかたねぇな。スコーンパーティでも開くか」「あ、それなら、この前行った骨董市でゲットしたティースタンド使いたい! クロテッドクリームもあるし、この間イチゴとブルーベリーのコンフィチュールも作っておいたんだよね。焼き菓子やケーキもあるし、この際アフタヌーンティーっぽくしようよ」

 途端に気分も声もがっつりあがった静佳に思わず笑いつつ、どれをリベイクして食べるかの選定にいそしむことにした。



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