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ストライクゾーンの不思議

文・短歌・写真●小野田光

 野球の最大の魅力は「理性」だと思う。人間同士の戦いは理性的でなくてはならない。野球はそのことをよく表現しているスポーツだ。
 人数配置が不平等なところがいい。9人の防御を打者1人が切り裂いてゆくルールは球技としてユニークだし、人間の性根を信じて作られている。守備側の9人がたった1人の打者を取り囲んでも決して襲いかからない理性がそこにはある。他のスポーツであれば、数的優位な状況では必ず多数派が少数派を襲う。サッカーもラグビーもアイスホッケーも襲うことを本能とする観点からルールが作られているが、野球にはそういった発想とは別次元の文化的な薫りが漂う。
 人数という視点で言えば、投手と打者の対戦はいわば一騎打ち。1対1だ。しかし、この対戦も理性が前提としてある。ストライクゾーンをめぐる理性だ。私はこのストライクゾーンという考え方が好きだ。
 ストライクゾーンは目に見えない。サッカーのゴールのような鉄製の枠はない。投手は打者が打てる範囲の目に見えないストライクゾーンへ懸命にボールを投げ込む。スピードの緩急をつけたり軌道に変化を与えたりしながら。なんてかわいい戦いなのだろう。目に見えない聖域を信じるいじらしさがいい。
 透明で曖昧なストライクゾーンを暗黙のうちに敵味方が共有しながら試合を進めるなんて、野球こそ人類愛に満ちたスポーツだと思う。お互いを尊重しながらの戦い。人間のポジティブな感情は、剥き出しの本能だけではなく、要所での充分な理性があってこそ完全な形で成立するのだろう。スタンドの上段からグラウンドを眺める時、私はある種の平和な気持ちを抱く。

暗黙のストライクゾーン染みついた懐に君の頭をつつむ

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本テキスト初出:谷じゃこ編『三十一回裏』(2017)

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