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【リーダーシップ】遠いところに大きな旗を掲げられる人になりたい

セルソースに転職して6ヶ月が経ちました。誇張なく凄まじい経験をさせて貰っており、自身の成長を感じるとともに、自分の無力さに打ちひしがれる日々です。

無力さを思い知ることばかりですが、その中でも最も実力不足を感じるのが、「遠くに、大きな旗を立てる力」。人生で初めて日本の会社でチームを持ちましたが、リーダーシップを取ることの難しさを強烈に感じています。

ただ、この苦難の6ヶ月を経て、自分なりの答えが見えてきたので、それを記します。熟練リーダーの方々からすると「そりゃそやろ」かもしれませんが。


ついこないだまでは一介の平社員だった私

住友商事では、34歳はただの平社員です。出向先でチームを持つことがあっても、本社でチームを持つことはほぼありません。

私も海外事業会社では執行役員でしたが、誤解を恐れずに言うならば「株式を持っている本社から出向してチームを持った」としても、それは本当の意味でのリーダーになることとは同義ではありません(特に51%以上の株式を本社が持っている場合)。

私を含め、多くの人は極力オープンでフラットな関係を築こうとしますが、どれだけやっても、最後薄皮一枚は何か「異物」が挟まります。なぜなら、その人は「いつか本社に帰る人」であり、「その事業会社と運命を共にしない人」だからです

勿論それはそれで特有の難しさがありますし、その経験で大きく成長できました。特に自分で買収して、自分で乗り込む、という経験は本当に得難いものでした。

ですが、本当の意味でのリーダーになるには、同じ運命共同体の中でチームアップする必要があり、私はその経験を経ずにセルソースに来ました。

入社1ヶ月で「りーだー」に

入社して1ヶ月後の4月1日、経営企画部が新設され、私はそこに入りました。「ぶちょう」になり、その後あれよあれよと人が増えて、今は兼務も入れたら20名もいます。

ですが、先述の通り、私は本当の意味でのリーダー経験がありませんでした。社会人前まで遡ってみても、大学体育会では「選手兼主務」で、リーダーではありません。

ここから、私の「みならいりーだー」としての苦しみが始まります。

どこに向かったらいいか分からない、、、何故?

「経営企画」という言葉が便利なのか、いきなり多様な領域の所管になります。経営戦略、人事戦略、DX、マスマーケ、デジタルマーケ、海外、、、。

それぞれ「やるべき」であることは分かっているので、「やろう」とするのですが、歩が進みません。こんな感覚、住商での13年間では感じたことがなかったので、当時の自分の仕事の仕方を振り返ってみると、以下の特徴がありました。

①ゴール=旗を近い所にしか立てていなかった

人の言いなりになるのは嫌だったので、自分で考えて、自分で目標を設定して進んでいました。

ですが、その目標=ゴール=旗は、例えば「来年、この会社を買収する」とか「買収後、Aは今月、Bは来月、Cは半年後に完了させる」、どんなに長くても1年以内、多くは数ヶ月以内の所にしか設定していませんでした

基本的に、「日々正しいと思われることを誰よりも全力でやれば、結果は出る」と思っているタイプであり、しかも結果が出ていたので、当時は全く疑問は持ちませんでしたが、今から考えるとかなり近視眼的でした。

②旗の立てる場所が分かりやすかった

当時やっていたことは「投資/M&A/ファイナンス」といった自分の得意領域であり、また世の中の誰かが既に成功事例を作ってくれているものでした。

なので、ある程度の「正解」があり、それをカスタマイズし、誰よりも全力で実行すれば、高い確率で成功させられるものでした。

言い換えると、考えればある程度正しいところに旗を立てられるので、あまり立てる場所に困ったことが無かったのです。

③PlanとDoを自分でやっていたので、気軽に軌道修正ができた

森トン、色んな方のサポートをいただきました。各プロジェクトを自分一人の力でやった、とは全く思っていません。しかし「肝心要の仕事」は全て自分でやっていたのが住商時代で、逆にいうとそれを他人に任せる勇気が全く無かったのです。

なので、右に曲がるも左に曲がるも、旗の場所を変えるのも自分次第なので、目標設定や戦略策定に時間を掛けた記憶がありません。

以上を纏めると、住商時代の仕事の仕方はこうでした。

近くて分かりやすい所に旗を立て、そこに向かってPlanとDoを一人でやり、適宜旗の場所も修正しながら、必要なサポートを周囲からいただく。

お分かりだと思いますが、リーダーはこれでは不味いのです。近くて分かりやすい旗ではメンバーのモチベーションは上がらないですし、コロコロ旗の場所が変わっては、混乱を招く。そして、PlanとDoを一人でやるリーダーに、誰かが付いてくる訳がありません。

上記整理をした時、「仕事の仕方を根本的に変えなくてはいけない」と悟り、物凄い焦りと不安を感じたことを覚えています。

じゃあ、どうするか

①まず対話。そして自分の時間は基本フルオープンに。

まず自分の部隊のメンバーを知らないことには、そして私のことを知って貰わないことには、何も出来ません。なので、ランチや1 on 1、夕食、コーヒー、、、そういった機会を駆使して皆さんとお話しました。

また、翌一か月の予定に先んじて集中用の時間を入力しておき、「残りの時間はどこに何の打合せを入れてもOK」としました。

そうすると、15分や30分の打合せがドンドン入り、そこで意見交換して、次に進む、その会話で私も理解が深まる、というサイクルが回るようになりました。

お陰様で、二週間先まで私のGoogleカレンダーはミルフィーユ状に埋まっています(冗談抜きで、「トイレ」という予定を入れる時があります)

②学びを止めない

「知識がなければ、知恵は生まれない」、これは大嫌いで大好きな住商時代の上司の言葉ですが、事実、無知からはアイデアもゴールも言葉も出てきません。

自分の知らない分野だからといって諦めるのではなく、社内外にある情報を兎に角頭に叩き込み、それらが過去に自分が蓄えた情報、穿ったDotsと繋がるのをひたすら待ちました。

すると、やはり繋がり始めました。全く別の領域で学んだことと繋がり、自分なりの発想に昇華されていく。特にこの1−2ヶ月、その感覚を得ています。

③言語化に言語化を重ねる

うちの社長の口癖に、「言葉に直せ」「目標を置いたら、アクションを全てカレンダーに入れろ」といったものがあります。

つまり、「本当に解像度高く目標が立てられているのなら、明確に言語化でき、そこまでのStepも全て描けるはず」、ということです。

それを本当に実行している社長を見て、そして自分のチーム運営を振り返った時に、言語化が圧倒的に甘い、ということを痛感しました。

そこで、改めて自分の頭の中にあるものを一所懸命に言語化してみたところ、「言語化が一瞬で出来る案件は進んでいる」「言語化に苦しむ案件は進んでいない」ことが物凄く鮮明になりました。

言語化の重要性を身に染みたので、「一人パート」と「メンバー全員パート」の両方を繰り返し、一つ一つ言語化をし、出来るだけ遠くに、大きな、分かりやすい旗を立てる努力をしました。

④それをメンバーに想いと共に掲げる。掲げ続ける。

旗を作って、場所を定めたなら、あとは掲げるだけです。ただし、大事なことは「掲げ続ける」こと。

みなさんも人生で一度は必ずあるでしょう。立てた後、一度も見返されることのない目標を立てたことが。

そうなる方が自然なので、そうならないように兎に角工夫をする。セルソースはOKRを導入しているので、そのOとKRに入れるのは勿論のこと、1 on 1や定例会でも定期的に触れる必要があります。

まだまだ徹底できていないので、意識を絶やさずに行きます。

「リーダーのようなもの」くらいにはなれたかな

ここまで偉そうに書いてきましたが、全然まだまだでしょう。「これはリーダーのようだ」「リーダーのようなもの」くらいになれてたらいいな。達成率2%くらい。

ですが、真のリーダーへの道が、箱根駅伝くらい長いですが、朧気ながら見えてきた気がします。

私が転職した最大の理由の一つが「リーダーシップを発揮する機会を得る」ことだったので、この産みの苦しみを楽しみながら、毎日を頑張りたいと思います。

おわりに

二つ前のnote「【転職】商社マンが持つ、4つのポータブル・スキルとは」にも書きましたが、住友商事で鍛えられた/得られたスキルは沢山あります。

「自分なりのリーダーシップ」の形が見えてきているのは、そういったスキルのお陰でもあり、改めて新卒で住友商事に入社して良かったと思っています。

なお、途中で社長の話をちょっと出しましたが、そのうち彼のことについて書いてみたいと思います。ここ数ヶ月で「彼の何が凄いのか」が大分分かってきました。「良い意味で」イカレれている社長のnoteをお楽しみに笑
(彼の出演したYouTubeは下に載せておきます笑)

では、また来週。

細田 薫


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