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【M&A】「大企業の社員=買収先の経営が出来る」という妄想(問題提起編)

3ヶ月に亘って連載した「M&Aの流儀」以来、久しぶりのM&A関連投稿です。

M&Aを大きく「買収前」と「買収後」の2フェーズに分けるとすると、今回は「買収後」の話になります。

一企業が発展・成長していくために「経営者」は当然重要な役割を果たしますが、そこに関連したnoteです。

「経営者」って誰なのか

物凄く曖昧に使われている「経営」という単語の解像度を少し上げてから、本編に入りたいと思います。

如何に「曖昧な言葉か」は、例えば辞書を引いてみると、その説明の長さからもよくわかります。また、「取締役会設置会社なのか」「XX委員会設置会社なのか」。。。といった多様な分岐も存在します。

それらを踏まえた上で、本noteでは、経営者が必ず持つべき特性である

・最高意思決定
・経営計画の立案・決定

の2点を有するという観点から、「社長」と「取締役会」の二つを「経営者」に設定します。

(注:「社長」は社内の呼称であり、公的・法的には一切の効力の無い肩書きです。が、極めて一般的に使われる単語であること、代表取締役であることが多いことから、分かりやすさのために「社長」という表現を使用します)

経営者に求められる「資質」とは

当然答えはありません。世に何千・何万と経営指南書があることがそれを証明していますし、実際の経営者も多様性に富んでいます。

その上で、完全なる私見として「優れた経営者が持つ資質」として外せない2点を取り上げます。

①決断する勇気
人間は一日35,000の意思決定をしていると言われますが、それは企業活動も同じです。規模感も緊急度も様々な意思決定事項が日々襲って来る中で、「決め」続けないといけない。

私も一介の執行役員として3年間をウクライナで過ごしましたが、毎週の執行役員会で「今借りるべきはEURかUSDか」「ここに人を雇うべきか否か」「この顧客に売るべきか否か」。。。そんな多様な意思決定を繰り返してきました。

正解が分からない中で決断をするには、「勇気」・「胆力」が必要で、その意思決定の重要性が増せば増すほど、体が痺れる感覚を覚えながら意思決定をしていくことになります。

②柔軟性
勇気を持って決断したことが、必ず上手くいくとは限りません。というか、決断した時のストーリーがそのまま叶う、ということはまずあり得ません。

新たな競合が出てくる、トラブルが起きる、急に金利が上がる、キーパーソンが戦線離脱する、、、そんなことばかりです。

その上で「如何に過去に決めたことに拘らないか」、言い換えると「如何に柔軟性を保てるか」が決めた後に求められる資質です。

「君子豹変す」とはよく言ったもので、優秀な経営者は時として直ぐに意見を変えます。それは、「あの時はAが正しいと思ったけど、今はBが正しいと思う」という自分の判断を信じ、勇気と柔軟性があるから為し得る技です。

状況が変わっているのに、元々の決定を変えられずそのまま突き進んだ先には、大抵地獄が待っています。コンコルドの失敗などが典型例ですね。

「大企業の社員=優秀」?

日本に限らず、有名大企業には有名大学を卒業した「優秀な」学生が沢山入ってきます(とある研究によると、日本は米英仏よりも「学歴の重要性は低い」とされています)。

しかし、ここで言う「優秀さ」というのは基本的に以下の2側面しか測っていません。

①学業的優秀さ
②コミュニケーション能力の高さ

もちろん、この2点は大事です。物事を吸収するには一定の知識が必要になりますし、何をするにも処理速度が高いに越したことはありません。

また、社会でビジネスを手掛ける限りにおいて、コミュニケーションは多くのケースにおいて不可欠でしょう(そうでないこともあります)。

ですが、この「優秀さ」は「将来飛躍する確度が高い」ことを意味するかもしれませんが、「成果を残せる人間である」ことを確約するものでも何でもありません。

パワプロで言えば、「サクセスモードの初期値が高いことは、プロになれるかどうかを全く保証しない」と例えられるでしょうか。

大企業 VS 経営者に必要な二つの資質

私は、経営者に必要な資質を二つ挙げました。では、その二つは大企業で養われるものなのでしょうか。

①決断する勇気
決断することは怖いことです。報酬と失敗が同程度であれば、人間はそもそも挑戦という選択肢を選びづらい生き物です(プロスペクト理論)。

これが、大企業における「決めない病」→「合議制」を生み出します。沢山の会議と長い稟議を経て、辿り着いた先は「誰が決めたのか、誰が責任を取るのか分からない」状況

これはその企業自体が悪いのではなく、

挑戦を忌避する人間の性質 → 周りに人が沢山いるので忌避しやすい → 忌避する

という非常に簡単な構図が生み出す「必然」です。組織が大きければ大きいほど、自動的に発生する事象です。

そして「他人を信じて任せること」は「自分で決断すること」より更に勇気が必要なので、決断出来ない人には不可能な芸当です。そうなると、何が起こるか。

そもそも裁量権が自分に無いので、決めたくても決められない。
→決めなくても良い環境が整っている。
→誰も決めずに、期限が来たら「みんなで」決める

この環境で仕事をしている中で、「決断する勇気」が身につくはずもありません。

②柔軟性
「君子豹変す」は言い換えると、「一貫性の無い意思決定が出来る」と言えます。東に向かって走っていたのに、いきなり南に向かう。この動きに連続的な滑らかさはありません。

一方、頭がいい人達は「論理的一貫性」を求めます。上記の例でいきなり南に向かおうとしようものなら

・元々東に向かっていた時の計画はどうしたんだ
・南に向かう理由はなんだ
・もう少し東を目指してみたらどうか               ・・・etc

などの質問が矢のように飛んできます。そして結局の所、

①元々の計画通り東に向かう   OR
②東→東南東→東南→南南東→南、と徐々に軌道修正する

ことになるのが関の山です。②はグラフに表せば「滑らかであり、尖った点がない」、数学的には「微分可能である」と言えるでしょうか。

この「徐々に」軌道修正している間に、一目散に南に向かった人とは大差がつき、その先にある果実を平げられた後に目的地に到着することになります。

「論理的である」と「柔軟性を保つ」、この二つを高いレベルで維持することは非常に高度なことであり、ある意味で二律背反するものだとも思っています。これを「サイエンス思考」という言葉で説明をされたのが、以下書籍です。

頭がいい人ばかり集まる→サイエンス思考集団になる→柔軟性が失われる

これもまた、「必然」だと思っています。

経営者に向いてない人間が「社長」になると

ここまで見てきた通り、私は(一般論として)大企業において経営者を育てることは、非常にハードルの高いことだと信じていますし、周囲の大企業パーソンを見ていても、そう確信しています。

にも関わらず、大企業は会社を買収した後、そこの「社長」や「取締役」に自社社員を充てがいます。ここで「社長」に関しては2つのパターンがあります。

①覚醒し、「優れた経営者」になるケース
一会社の社長になり、責任と権限を同時に手に入れたことで覚醒し、持ち前の吸収力とコミュニケーション能力で「優れた経営者」になるケース。

②いちいち本社にお伺いを立てる「ダメ経営者」になるケース
勇気と柔軟性を持たず、経営に必要なスキルセットも準備していないことが成果にそのまま現れるケース。

意外と前者の比率が低くないのは、やはり「優秀さ」によるものなのでしょう。しかし、こと「取締役」となると、一気にその可能性は下がります。

経営に向いてない人間が「取締役」になると

大企業が買収すると、そこの取締役には「現場」の人間のみならず、「本社人員」も就任します。それは部門長だったり部長だったり課長だったり、会社によって様々でしょう。「グループ内社外取締役」とでも言えましょうか。

しかし、本社にいる人と現場の人の間には凄まじい「情報の非対称性」が存在します。その情報の非対称性を乗り越えた上で「経営に資するアドバイスを行い、意思決定をする」ことは極めて難しいことであり、能力・経験・資質、全てが求められ、私はこう思います。

取締役に求められる「圧倒的に困難なタスク」を、その資質を高める環境にいなかった人物がこなす事は、シンプルに不可能

だと。しかし、取締役も代表取締役も同じ一席ですし、日本企業は往々にして「全会一致」を求めます。なので、そのイチ取締役の不可思議な質問、奇妙な提案、社内のことだけを考えた態度、が取締役会運営に直接影響を与えます。

結果、「取締役という大役をこなせない取締役」の存在が、その買収先の未来を破壊する、そんなことが容易に起こり得るのです。

これが大企業の買収案件の多くが失敗に終わる大きな理由の一つだと確信しています。

おわりに

今週は「問題提起編」ということで、ここで終わります。来週は「解決策提起編」ということで、私の考える解決策を提示します。

お伝えしたかったことは要約すると以下の通りです。

・経営者に必要な資質の中で特に重要なのは「決断する勇気」と「柔軟性」
・大企業には優秀な人が入ってくるが、それはその人の成果を担保しない
・逆に、大企業では上記二つの資質は育ちづらい
・しかし、買収先に「資質を十分に有していない」経営者を出す
・「社長」はまだしも、「グループ内社外取締役」として機能することはほぼ不可能であり、そういう人の存在が買収案件を破壊し得る
・非効率・不活性な取締役会が買収案件の成長を妨げ、失敗に導く

それではまた来週、お会いしましょう。

細田 薫


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