自分で考え、感じることは突破口。
最近、昔読んで、なんとなく記憶に残っているものを再読している。
去年はひたすら新しい、知らない本を探し求めていたが、今年はすこし腰を据えて、昔読んだ本を精読する時間を設けようと思っている。
あたらしい本を一切読まないというわけではなく、うまいこと精読と初読を両立できたらいい。
というわけで、今回久しぶりに読んだのは、夏目漱石の『私の個人主義』
この本は夏目漱石の講演をまとめたもので、「道楽と職業」「現代日本の開化」「中味と形式」「文芸と道徳」「私の個人主義」の5つのテーマをもとに本人が話している。
ぼくがこの本を知ったのは、たしか夏目漱石の生涯を描いたマンガだった。そこでは、ロンドンに行った漱石の苦悶が描かれていて、参考文献としてこの本があげられていた。
どのテーマも示唆に富んでいて、面白いのだけど、特にぼくの心をつかんだのは、表題の「私の個人主義」。
この講演は、学習院の学生に向けて、行われたものだ。
誰もが陥る悩み
漱石は、本題にはすぐに入らず、まず講演を受けた経緯を話し始める。講演の当日まで話がまとまらなかったとか、自分は学生のころ、講義に耳を傾ける性質ではなかったとか。
あえて、関係ない話をして、聴衆をリラックスさせる。
大学の先生に本題からやたら外れる人がいたが、案外脇道にそれた話が面白かったりする。と、急にそんなことを思いだした。本題に戻る。
漱石は、大学で英文学を専攻するが、3年勉強しても文学とはなにかわからなかったと回顧する。そして大学を卒業して、教師にはなったが、
幸に語学の方は怪しいにせよ、どうかこうかお茶を濁して行かれるから、その日その日はまあ無事に済んでいましたが、腹の中は常に空虚でした。(中略)しかも一方では自分の職業としている教師というものに少しの興味も持ち得ないのです。
と語る。自分が興味ないものを続けていくことは苦しいし、不満やらやるせなさだけがたまっていく状況は、誰にとってもつらいことだろう。
漱石の悩みは深く、
私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当が付かない
私は私の手にただ一本の錐さえあればどこか一ヵ所を突き破って見せるのだがと、焦燥り抜いたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見するわけにも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるのだろうと思って、人知れず陰鬱な日々を送ったのであります
この箇所をはじめて読んだとき、ああ自分のことだなと強く思ったことを覚えている。なにかをしたいけど、なにをしていいかわからない。解決策が見当たらない状態。
自己本位
漱石の苦悩は、ロンドン留学後も続くのだが、彼はようやく一本の錐、一つの結論にたどり着く。
それは「自己本位」
つまり、自分で考え、自分で感じること。
いままでは、他人の評価を鵜呑みにして、咀嚼することもなく、それをあたかも自分の意見のように人に話していた。そんな自分にふと気付くのだ。これでは、「他人」の意見を言っているだけなので、そこに「自分」はいない。
漱石の腹の中にある空虚の原因は、「自分がない」ことだったのだ。
当時は、西洋の人の言うことなら正しいという風潮が蔓延していて、何を隠そう自分もそのひとりだったと漱石は述懐する。
私は自己本位という言葉を手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図してくれたものは実はこの自己本位の四字なのであります。
永年に渡った漱石の不安もようやくここで消えた。自分で考え、感じることを第一にすることで、自分の人生の主導権を握った。
自分が陥った不安を学生諸君も感じることがあるかもしれない。漱石は続けて学生たちに語りかける。
どうしても、一つ自分の鶴嘴で掘り当てる所まで進んで行かなくってはいけないでしょう。行けないというのは、もし掘り中てる事が出来なかったら、その人は生涯不愉快で、始終中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです(中略)自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道がいかに下らないにせよ、それは貴方がたの批評と観察で、私には寸毫の損害がないのです。私自身はそれで満足する積りであります。
どんな犠牲を払っても、自分の道を見つけることは、自分の幸福のためにも、安心するためにも必要だと。
その道が他人からくだらないと思われても、自分が満足できればそれで十分だと。
漱石にとっては、自己本位という四字がスタートだった。
その主張は色あせることなく、現代の人々の胸にも強く響くものがある。明治の世から、人間の悩みというのはあまり変わっていないのかもしれない。
自分の道を見つけるって本当に大変なことだ。
すぐに見つける人もいれば、時間がかかる人もいるだろう(漱石は30歳を過ぎてから、この考えに至った)
でも、人と比べる必要はない。
答えにたどり着く道のりは人それぞれなのだから。(そういって、自分を励ますことにする)
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