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ショートショート「プチンッ」

無造作に突っ込んだ指先をすぼめて、ゆっくりと引いていく。やがて、指先に残った1本の髪の毛を、指の腹で転がすように愛でて、引き抜いた。

先ほどまで生きた私という人間を構成する一部であったそれは、魂の宿らない唯の≪毛≫という名の有機物となった。

考えれば考えるほど、ゾクゾクとした感覚が全身に走った。

気持ちいい…

そう確かに自覚したことから、行為は段々とエスカレートしていったように思う。

髪の毛を抜いてしまう病≪トリコチロマニア≫というのがあるらしいが、私のそれとは異なる。トリコチロマニアはストレスを原因とした精神障害だが、私はストレスとは無縁の生活を営んでいる自信がある。

また髪の毛を抜いた行為に快感を覚えたのは、抜くという行為そのものではなく、疑似的に命を奪った感覚を得られたからだ。

だからこそ刺激に慣れてしまい髪の毛を抜くのは止めて、次の代用品を探したのだ。

誤解なきように言うが殺人願望がある訳ではない。
客観的に自分がどう見られているのか、評価されているのかは理解しているつもりだ。実に温厚で、凡庸。特にこれといった特徴のない人間、といったところだろう。

私自身も、その客観的評価に違和感はなく、まったくもってその通りだと思っている。だからこそ、そんな自他ともに認める凡庸な人間が、疑似的にではあるが命を奪うことに、快楽を感じるのだろう。

仮に私が殺人を犯してしまっては、温厚で凡庸ではなくなってしまう。いまの私だからこそ得られる快楽であり、快感なのだ。

髪の毛の次は、より手応えを感じられる太い体毛を、具体的には髭だ。
その次は指のささくれだった。そして、その次は…



荒い息で額からは脂汗をかいた男が、恍惚とした表情で右腕を掴んでいた。人差し指の爪は剥がれており、シトシトと血が垂れていた。

傍らには血塗れた爪と、ペンチが落ちていた。

しばらくして男は指先にガーゼを当てて包帯を巻き、明日の仕事に備えて早くに床に就いた。


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